日本ボクシング界 暗黒の時代③ ボクシング選手名鑑ピックアップ! 2015/11/25

日本ボクシング界 暗黒の時代③ ボクシング選手名鑑ピックアップ! 2015/11/25
 
 
 

さて、昨日は日本人の世界戦21連敗の10敗目までを紹介しました。
昨日はスタミナ切れを起こして2度目のダウン。
本日こそは21戦目まで書ききるぞ…と。
ダウンは2回までならOKですから!
 
 

【11戦目】
1989年2月19日 WBA世界バンタム級タイトルマッチ
ムン・ソンギル(韓) 5RTKO 小林 智昭(角海老宝石)

デビュー当時こそ勝ったり負けたりの繰り返しだったものの、
超絶の人気選手だった日本王者、高橋 ナオト(アベ)を下して世界挑戦まで駆け上がった小林。

敵地でムン・ソンギルに挑戦。
ロス五輪ベスト8からプロ転向し、わずか7戦で世界を獲得していた王者です。
フックでグラつかせる場面はあるものの、王者の強打に屈する形で5RTKO負け。
小林はこの試合で引退しています。
 
 

【12戦目】
1989年3月5日 WBC世界フライ級タイトルマッチ
キム・ヨンガン(韓) 12R判定 3-0(115-113、115-113、115-113) レパード 玉熊(国際)

レパード 玉熊の世界初挑戦。
詳しくはレパード 玉熊の回で…
 
 

【13戦目】
1989年3月26日 WBA世界フェザー級タイトルマッチ
アントニオ・エスパラゴサ(ベネズエラ) 10RKO 杉谷 満(協栄)

27勝のうち25戦がKO勝ちのエスパラゴサに対し、
杉谷は28勝のうち21戦がKO。
ハードパンチャー同士がぶつかったのがこの試合。

エスパラゴサは4度目の防衛戦。
杉谷は日本王座を通産8度防衛し、世界1位の最強挑戦者としてエスパラゴサに挑みます。

1,2Rは試合を優勢にした杉谷。
単発のヒットで王者の膝を何度も揺らします。
しかし3R、右をテンプルに叩き込まれ、ダウンを獲られます。

それ以降も単発ながらも逆転KOをにおわせるパンチを何度も放り込みますが、
6Rに強烈なアッパーをもらうと、完全に足にきてしまいその後2度のダウン。
このときのダメージを引きずりつづけ10Rに右ストレートをもらってダウン。
そのままKO負けとなりました。

その後、再起戦で敗戦した杉谷はそのまま引退。
エスパラゴサは3度の防衛を積み重ね、パク・ヨンギュン(韓)
タイトルを奪われるまで通産8度の防衛を記録します。
 
 

【14戦目】
1989年10月31日 WBA世界スーパーフライ級タイトルマッチ
カオサイ・ギャラクシー(タイ) 12R判定 3-0(117-111、115-112、116-112) 松村謙二(JA加古川)

カオサイの10度目の防衛戦。
バンタム級の伝説にアマエリートからプロ転向してきた松村が挑んだ試合。
カオサイの38戦37勝(33KO)1敗に対し、村松は13戦9勝(5KO)2敗1分。

戦前はミスマッチにも思われた試合。
カオサイが強すぎて有力選手が別階級に逃げてしまったとも言われるほど、当時のカオサイは圧倒的。
村松も10Rにダウンを奪われて判定に敗れますが、
カオサイを揺らすシーンも作り出し、高評価につながりました。
 
 

【15戦目】
1989年4月29日 WBA世界スーパーライト級タイトルマッチ
フアン・マルティン・コッジ(亜) 12R判定 3-0(117-109、117-108、116-109) 平仲 明信(沖縄)

地方ジム所属の平仲、アジアに世界ランカーがほとんどいない中量級、
世界戦の交渉は自ら英語で行っていました。
ロス五輪出場後、オリンピアンとして4戦で日本王座獲得など、デビュー当初から鳴り物入りでしたが
世界初挑戦は、18戦目まで遠回りすることとなります。

イタリア系のフアン・マルティン・コッジにとって準地元に当たるイタリアでの試合。
3回に2度のダウンを奪っていますが見せ場はこのラウンドだけ。
初回にはダウンを奪われており、3R以降も飛び込みざまに合わせられるボディに苦しみ、
判定で敵地に散りました。
 
 

【16戦目】
1989年6月10日 WBC世界ミニマム級タイトルマッチ
ナパ・キャットワンチャイ(タイ) 11RTKO 井岡 弘樹(グリーンツダ)

日本からベルトを持ち去ったナパに、ベルトを奪われた井岡がリベンジマッチ。
しかし減量苦もあり、結局11Rに力尽きることに…。
 
 

【17戦目】
1989年9月24日 WBA世界ライトフライ級タイトルマッチ
ユ・ミョンウ(韓) 11RKO 大鵬 健文(グリーンツダ)

ユ・ミョンウの13度目の防衛戦。

フライ級からスーパーフライ級へ階級を上げようとしていた矢先、
1階級下のミョンウへ挑戦のチャンスが回って来た大鵬。
過酷な減量に耐え、敵地での試合に挑みますが、
当時「ソナギ(夕立)」と呼ばれた連打に、11R力尽きました。

メキシコへ渡り、現地の世界王者達と共に実力を磨いた珍しい選手。
リカルド・ロペス(メキシコ)とはかなりの数のスパーリングをこなしたそうです。
ここで世界を獲ってれば、凄い人気者になってたと思うんだけど…。

伝説の王者には及びませんでした。
 
 

【18戦目】
1989年10月31日 WBA世界スーパーフライ級タイトルマッチ
カオサイ・ギャラクシー(タイ) 12RTKO 松村 謙二(JA加古川)

前回の対戦で超絶のKO率を誇るカオサイを揺らすなど、善戦して評価を高めた松村。
わずか半年で再戦のチャンスを手に入れました。

しかし今回も力の差はいかんともし難く…。
前戦から立ち続けること累計24R、最終ラウンドに力尽き、TKO負けで王座獲得ならず。

試合後のカオサイは敵地開催を了承した理由に…
「だって松村があんなに強いと思わなかったんだもん…」と漏らすなど、
カオサイの防衛ロードにその存在を刻み付けています。

カオサイはその後7度の防衛を刻み、世界王者のまま引退。
村松はこの後も2度、世界に挑みますが獲得ならず。
鬼塚 勝也(協栄)へ挑戦した試合に敗れたあと、再起に失敗し引退しています。
 
 

【19戦目】
1989年12月10日 WBA世界ウェルター級タイトルマッチ
マーク・ブリーランド(米) 4RTKO 尾崎 富士雄(帝拳)

この連敗の1敗目を記録した尾崎。
前回は敵地に乗り込んで善戦。

今回は日本にロス五輪金メダリストだった王者を呼んでの世界挑戦。
ブリーランドのオリンピアンらしいジャブに距離を詰めれない尾崎。

3Rには目の上をパンチでカット。
4Rにはこの傷が開き、続行不能でTKO負け。
後半勝負だったはずなのに…残念。
 
 

【20戦目】
1990年1月13日 WBA世界スーパーミドル級タイトルマッチ
ペク・インチョル(韓) 7R棄権 田島 吉秋(協栄)

アジアで初めてスーパーミドル級を制したペクに敵地で挑戦した田島。
1Rにダウンを奪われ、なんとか7R終了まで耐えたものの、ダメージが深く棄権で敗北。
この試合を最後に引退しました。
 
 

【21戦目】
1990年1月14日 WBA世界ライトフライ級タイトルマッチ
ユ・ミョンウ(韓) 11RKO 徳島 尚(グリーンツダ)

22歳の若い徳島がつかんだ世界初挑戦のチャンス。
敵地で最強王者、ミョンウと対戦することになりますが、11Rに「ソナギ」の前に屈することとなります。
 
 
 

はい!21敗全部終わり!!!!!!
つらかったよぉぉぉぉぉ。。。
 

後半になればなるほど内容が薄くなっているのは気のせいです。
反則もジャッジにばれなきゃ反則じゃない!
手抜きも読者にばれなきゃ手抜きじゃない!
 

…という訳でね、とりあえず21戦書き連ねましたので。
これを振り返ってうんぬんとかは明後日にしましょう。
また次回!!!
 
 

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