フライ級世界王座連続防衛回数ランキング(記録関連) ボクシング選手名鑑ピックアップ! 2017/01/07

フライ級世界王座連続防衛回数ランキング(記録関連) ボクシング選手名鑑ピックアップ! 2017/01/07
 
 

今日も階級の世界王座連続防衛回数ランキング。
計17階級延々と続いていきます。

3日目のフライ級。
複数階級制覇とか、返り咲きの通算防衛数などは考慮に含まれない単純なランキングですので、
当然の話ですが、このランキングがボクサーの価値を決めるわけではないので悪しからず。
 

※WBA以前、NBA時代は除く。
 

フライ級世界王座連続防衛回数トップ10
 
 

108-112ポンド(48.988-50.802kg)
初代フライ級世界王者はシド・スミス(英)で、1913年4月11日の王座獲得。
既に100年以上の歴史を誇る。
王座が各階級に一つしかなかった時代、白井 義男(フリー)が日本人として初めての世界王者に。
その後、ファイティング 原田(笹崎)もこの階級で王座を獲得。
伝統のフライ級として日本のボクシング史になくてはならない階級となっている。
 

アメリカでは金にならない軽量級。
名王者たちが次々と日本を訪れ、この階級の名王者たちは日本人にも馴染みが深い。
そんなフライ級の防衛記録はレジェンドたちの羅列になっている。
 
 
 

第1位 17度防衛 第34代WBC世界フライ級王者

ポンサクレック・ウォンジョンカム(タイ)
 

ムエタイ選手だったが、国際式に向いているということでボクシングに転向。
伏兵相手に敗北を喫することはあったものの、順調にキャリアを積み、
マルコム・ツニャカオ(比)に衝撃の1RTKOで王座獲得。
浅井 勇登(緑)の挑戦を受けた初防衛戦、解説のファイティング 原田が
「とんでもない奴が現れた。完成される前にベルトを取り上げないと、
今後何年も世界王座に居座られ続ける」と断言。
その言葉は現実のものとなる。

当時、充実しまくった国内フライ級の日本人選手たち。
トップ選手たちをことごとく打ち破り、日本のリングにも何度も登場。

当時期待されたビック・ダルチニアン(豪)との対決、日本で挑発を続ける亀田 興毅(亀田)の制裁、
カオサイ・ギャラクシー(タイ)を超えるタイ人としての
最多防衛記録の20度…そんな青写真が描かれていた18度目の防衛戦。
過去に2度破っていた内藤 大助(宮田)を相手にまさかの敗北を喫して陥落。

キューバ帰りの野木トレーナーをつけて、変則的なアウトボクシングに徹した内藤にペースを握られ
世界が驚くアップセットでベルトを手放してしまう。
内藤との再戦も引き分けで王座返り咲きならず。

その後、暫定ながらWBC世界フライ級のベルトを取り戻すと、
内藤を破ってWBC世界フライ級のベルトを持っていた亀田 興毅との王座統一戦に勝利。
そのまま二期目の王座もフライ級歴代9位となる6度の防衛を記録。

過去2勝しているレイ・ミグレノ(比)に、前回の王座陥落と同じくまさかの敗北。
その後、通算100戦を目指してしぶとく戦うものの、世界ランクから落ちたことで、
97戦のレコードを残して引退。
 
 

第2位 16度防衛 第12代WBO世界フライ級王者

オマール・ナルバエス(亜)
 

世界選手権準優勝の実績を引っ提げプロ転向。
トップランカーたちを一蹴し、日本の裏側でフライ級最強を印象づけた。
この時代、アジアではフライ級の主役はポンサクレックでも、米大陸でのフライ級の主役はナルバエス。
そこにIBF王者のビック・ダルチニアン(豪)(防衛数ではフライ級9位にランクイン)が加わり…。

ダルチニアンはノニト・ドネア(比)に敗北し転級。
ポンサクは内藤に敗北して陥落。
そんな中さらなる防衛記録を捨ててスーパーフライへ転級。
ここでも連戦連勝を重ねたナルバエス…
次回のスーパーフライ級でもトップ10に入ってくるはずなので、そのあたりはまた次回に…。
 
 

第3位 14度防衛 第14代WBC世界フライ級王者

ミゲル・カント(メキシコ)
 

4位以下を大きく突き放したトップ3。
3位につけたのは”マエストロ”と呼ばれた超絶テクニシャン。

47戦目にしてようやく世界挑戦のチャンスを得ると、大熊 正二(新日本木村)から王座を奪取。
超絶のテクニックで14度の防衛を果たし、パク・チャニ(韓)に敗れるまで4年以上王座に君臨しました。
そのテクニックは、メキシコの若手テクニシャンに送られる”ミゲル・カント賞”なんて言う賞が設けられるほど。
受賞者で有名なのは、ヒルベルト・ローマン(メキシコ)でしょうか。

王座陥落後はパク・チャニとの再戦をドローで王座獲得ならず。
その後、負けが混むようになり引退。
しかしながら、当時に見せたその技巧は彼を伝説まで押し上げています。
 

さて…4位以降はこんな感じ。
 
 
 

第4位 9度防衛 第23代WBA世界フライ級王者 サントス・ラシアル(亜)(2期目)
第4位 9度防衛 第33代WBA世界フライ級王者 セーン・ソープルンチット(タイ)
第4位 9度防衛 第29代WBC世界フライ級王者 勇利 アルバチャコフ(協栄)
第7位 8度防衛 第25代WBA世界フライ級王者 フアン・カルロス・レベコ(亜)(2期目)
第8位 7度防衛 第14代IBF世界フライ級王者 マーク・ジョンソン(米)
第9位 6度防衛 第25代WBA世界フライ級王者 フィデル・バッサ(コロンビア)
第9位 6度防衛 第25代WBC世界フライ級王者 ソット・チタラダ(タイ)
第9位 6度防衛 第37代WBC世界フライ級王者 ポンサクレック・ウォンジョンカム(タイ)(2期目)
第9位 6度防衛 初代IBF世界フライ級王者 クォン・スンチョン(韓)
第9位 6度防衛 第15代IBF世界フライ級王者 イレーネ・パチェコ(コロンビア)
第9位 6度防衛 第16代IBF世界フライ級王者 ビック・ダルチニアン(豪)
 
 

4位にはサントス・ラシアルの9度。

背丈の短いラシアル…まるで小型タイソンのような連打を武器に9度防衛。
ボクシングにおける有利不利を決定づけるフレーム差を覆し、短い手足で猛烈なファイトを繰り返しました。

初の王座獲得時は防衛できずに陥落するも、2度目に王座を獲得すると勇猛果敢なファイトで長期防衛。
日本のトップ選手だった穂積 秀一(帝拳)は圧倒的な力の差を見せつけられるように
2Rでラシアルの前に散っています。

二階級制覇を狙って王座を返上、さらに体格差の出るスーパーフライでも王座を獲得するなど、
「背が低いのに強い」選手の代表格のような選手。
 

同じく4位にセーン・ソープルンチット。
全盛期の鋭利にボディをえぐる強打、当たり負けしないフィジカルはえげつない。
ムエタイ仕込みのタフネスも相俟って、驚異的な強さを発揮しました。

ホセ・ボニージャ(ベネズエラ)を相手にまさかの王座陥落…。
まだまだ世界のトップに挑んでいける力を持っていましたが、
タイの経済情勢悪化の影響をモロに受けてしまい、その後、
彼が世界戦のチャンスをつかむことはありませんでした。

本当はもっともっと大きく名を残していておかしくない選手に感じます。
 

さて、3人目の4位…日本をホームに活躍した勇利 アルバチャコフが食い込んでいます。
アマチュア世界王座としてペレストロイカ政策の折に来日。
圧倒的強さで、日本王座決定戦では相手が見つからず…なんて事態も発生。

ムアンチャイ・キティカセム(タイ)から王座を奪うと、9度の防衛を打ち立てる。
9度目の防衛戦となったピューマ 渡久地(協栄)(対戦時のリングネームとジムは渡久地 隆人(十番TY))戦、
圧倒的に試合を制するも拳の怪我で長期ブランクを作ってしまう。

1年以上の期間を空けて戦った暫定王者のチャチャイ・ダッチボーイジム(タイ)に
ブランクが響いたか判定負けで王座陥落。
そのまま引退し、母国ロシアへ帰って行きました。

本人の談からいくと幼少からずっとボクシングを続け、嫌気がさしたらしく、
もうボクシングは充分だった…今はロシアの田舎町で静かに暮らしているとのこと。
 
 

7位に入ったのはフアン・カルロス・レベコ。
ジャン・ピエロ・ペレス(ベネズエラ)から暫定王座を奪うと2度防衛後、正規王者に認定。
その後、6度の防衛を追加し、8連続防衛を記録。
三階級制覇に挑んで来た、井岡 一翔(井岡)に敗北し王座陥落。
判定は1-2と接戦に見えますが、内容的には完敗の一戦。
再戦では、陣営がリングに水を撒いてしまうなどなりふり構わずに返り咲きを狙いますが…
最後はボディ3連打でリングに沈みます…まさに世代交代の一戦。

果たしてレベコからベルトを奪った井岡がどこまでそのテープを伸ばすのか…なかなか興味深いところです。
 
 

8位には”鋭い拳”と異名された軽量級のヒーロー、マーク・ジョンソン。
米の首都、ワシントンDCの出身で軽量級が軽視されがちなアメリカで
驚異のKO率を誇って地位を確立した選手。

IBF世界フライ級で7度の防衛を達成すると、二階級制覇を目指してスーパーフライ級へ…。
スーパーフライ級でも王座獲得、二度の防衛を達成するとさらにバンタムを目指しますが…
階級の壁にぶつかり、出戻りでスーパーフライ級のWBOのベルトを獲得。
この時の相手が、長谷川 穂積(真正)を破ったフェルナンド・モンティエル(メキシコ)
今でこそ世界戦で名前が上がらなくなりましたが、モンティエルですが、この頃は全盛期まっただ中。
来日のない選手ですが、日本のファンにもその強さが理解しやすいかと思います。
 

9位には6度防衛が6人。

老練の域に達していたイラリオ・サパタ(パナマ)を猛烈なラッシュで攻略したフィデル・バッサ。
小柄な体躯ながらスピードに秀でた戦いを見せ、ベネズエラの超絶テクニシャンである
ヘスス・ロハス(ベネズエラ)に敗れるまで、6度の防衛を重ねた。
 

“タイのモハメド・アリ“ことソット・チタラダ。
わずか5戦目でライトフライ級に挑戦したタイの若き天才はフライ級で王座獲得。
踊るようなフットワークに鋭利なアッパーで、破格の名王者を期待させたものの、
才能に溺れたソットは、飛びぬけた名を残すことはできず…。
ただし、自らを錆びつかせる前のソットは、暦年のボクヲタたちが
惚れ惚れするほどの実力を見せつけていました。
 

フライ級歴代最高記録の17度防衛を達成したポンサクレック・ウォンジョンカムが
返り咲いた後の2期目の王座でも6度防衛し9位にランクイン。
通算で23度…どれだけの猛威をふるったか…歴史に残る名王者な訳です。
 

渡辺 二郎(大阪帝拳)への世界挑戦に失敗したクォン・スンチョンが次戦で戦ったのが、
初代IBF世界フライ級王座決定戦。
この戦いに勝利すると新興のIBFで6度の防衛を達成。
その防衛テープの中で2度対戦し、いずれも引き分けていた同国のチョン・ジョングァン(韓)とのラバーマッチ。
決着戦となったこの試合、4RTKOで敗れ去り王座を手放す。
その後、スーパーフライ級の王座決定戦に出場するものの、判定で敗北して引退。
 

強打のイレーネ・パチェコも9位に入る。
5年半以上IBF世界フライ級に君臨。
ポンサク、ナルバエス時代の前半に対抗王者としてIBF王座を守り続けました。
この王座は11RTKO、ダルチニアンに明け渡し…ダルチニアンは
この階級の二強に食い込んでいくこととなります。
 

そのダルチニアンも6度防衛で9位にランク。
“怒れる雄牛”と呼ばれたファイトで、圧倒的な強さを誇り、名王者二人の対抗として
対戦が期待される存在へとなっていきます。
しかし…当時まだ無名だったノニト・ドネアに5RTKOで敗れ去り、その名声を根こそぎ奪われる。
同じ時期にポンサクが内藤に敗北…期待された頂上決戦は消え失せてしまいます。
その後、階級を上げてスーパーフライでも猛威をふるったダルチニアンの強さですが…
バンタムで階級の壁に当たり、時間の経過とともにスーパーバンタム、フェザーと階級を上げますが…
三階級目を獲得することはできず…まだまだ現役ながら、現在は勝ち負けを繰り返してしまっています。
 
 

さてさて、9位がやたらと多く、15名ものボクサーがトップ10に入っていますが…。
実はこの中では日本で試合をしていないのはマーク・ジョンソンのみ。
軽量級ながら米国で確固たる地位を築いたことが要因でしょうが…。
こんなところから、軽量級マーケットの中心に、日本があることが認識できます。
 

ちなみに、ライトフライに続いてフライでも欧州とアフリカからはランクインなし。
デーブ・マコーリー(英)はトップ10にあと1度足らない5度防衛。
驚異的なフックでのし上った、モルティ・ムザラネ(南ア)は4度防衛で王座を返上。

今年、フアン・エストラーダ(メキシコ)ローマン・ゴンサレス(ニカラグア)が王座を返上し、
この階級から去ってしまった為、現在の現役で最多の防衛数を記録しているのは井岡 一翔の4度。
勝ち続けたとして、今年トップ10入りも見えています。
 
 

ここは井岡の躍進に期待したいところ。
ロマゴン、エストラーダ、アムナット…なんて言う猛者の陰に隠れていましたが、
ランカーにもなかなかの猛者が控えています。
 

僕らが思っているより、井岡はもっともっと強い選手かもしれない…なんて思うので。
 
 

 

※記録は2017/1/7時点
 
 

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