フェザー級世界王座連続防衛回数ランキング(記録関連) ボクシング選手名鑑ピックアップ! 2017/01/15

フェザー級世界王座連続防衛回数ランキング(記録関連) ボクシング選手名鑑ピックアップ! 2017/01/15

 

さてさて、本日はフェザー級。
はじめの一歩の主人公が主戦場にする階級ですが…。
最近はこの階級で防衛を重ねる日本人世界王者ってほぼ皆無ですよね。

その分、ファンの記憶に残る日本人世界挑戦者なんかが多かったりもする階級です。 

 

※WBA以前、NBA時代は除く。

フェザー級世界王座連続防衛回数トップ10

122~126ポンド(55.338~57.153kg)
1889年3月31日にアイク・ウェアー(英)が王座を獲得。
以降130年近くの歴史を刻む。

 

第1位 19度防衛 第11代WBA世界フェザー級王者

エウセビオ・ペドロサ(パナマ)

1位には19連続防衛、”パナマのサソリ”エウセビオ・ペドロサ。
バンタム級で世界初挑戦を叶えるも、KOキング”アルフォンソ・サモラ(メキシコ)“の前に散る。

その2年後、フェザー級に上げての挑戦。
セシリオ・ラストラ(スペイン)を退けて王座を獲得。
その王座をバリー・マクギガン(アイルランド)に敗れるまで7年以上に渡って防衛した。

武道家出身ながら現在のパナマ選手の”テクニシャン”的な
イメージがぴったりはまるのがペドロサ。
身長が高くリーチもあり、そして柔らかい。
懐に入られても、少しダーティーなインファイトや、クリンチワークが上手く
敵地も悠然と乗り込み、世界10ヶ国を渡り歩いて防衛を重ねました。

日本にも登場し、2階級制覇を狙うロイヤル 小林(国際)を棄権に追いやり、
国内最強を証明して世界にアタックしたスパイダー 根本(草加有沢)
20cm以上の身長差で翻弄。
いずれも後楽園ホールを舞台にした試合…当時のファンが羨まし過ぎる…。

その他、19度の防衛の中には名を残す名選手に挙げた星もいくつかある。
フェザー級での3度目の王座返り咲きを狙った”ミスターKO” ルーベン・オリバレス(メキシコ)
のちにスーパーフェザー級でロジャー・メイウェザー(米)を破って
世界王者になるロッキー・ロックリッジ(米)を2度…

他にもペドロサに敗れた半年後、
対抗のWBC王者になることとなるフアン・ラポルテ(プエルトリコ)
2階級制覇を狙って挑んできた、元WBA世界バンタム級王者 ホルヘ・ルハン(パナマ)など…
なかなか中身の濃い防衛ロードとなっている。

 

第2位 18度防衛 第22代WBA世界フェザー級王者

クリス・ジョン(インドネシア) 

インドネシア最大のボクシングスター”インドネシアの龍”クリス・ジョン。

オスカル・レオン(コロンビア)とのWBA世界フェザー級暫定王座決定戦で王座を獲得。
その後、正規王者だったデリック・ゲイナー(米)
IBF王者だったフアン・マヌエル・マルケス(メキシコ)が王座統一戦を行い、マルケスが勝利。
マルケスがスーパー王座を獲得し、ジョンが繰り上がる形で正規王座に就いた。

初防衛戦では佐藤 修(協栄)の二階級制覇を阻み、
3度目の防衛戦では暫定王座獲得時に正規王者だった、ゲイナーも撃退。

5度目の防衛戦では直前にスーパー王座を剥奪されてしまったマルケスとの試合…
こちらは議論を呼ぶ判定で防衛。
その後、武本 在樹(千里馬神戸)、榎 洋之(角海老宝石)木村 章司(花形)細野 悟(大橋)
日本人挑戦者を幾人も葬り去り、10年以上も王座に君臨しました。

最後はIBO世界フェザー級王者のシンピウェ・ベチェカ(南ア)の挑戦を受け、驚きの陥落。
歴代1位タイまで防衛数あと一つ…まさかのアップセットでした。
ノニト・ドネア(比)がフェザーを制しての5階級制覇を狙っている時期だった為に、
両雄の対決もまた、アジアの頂上対決としては面白かったに違いありません。

マルケス戦がクリス・ジョンの世界的、歴史的評価を下げてしまっていることは
間違いありませんが…当時の国内ファンにとって、ジョンの強さは痛烈に感じたことと思います。
当初専門誌でも穴王者扱いだったジョン…強さの原因を誰も突き止められないまま、
あれよあれよと王座に君臨し続ける。

そして日本期待の選手たちがジョンの前に屈していく…。
強かったなぁ…少なくとも僕の中のボクシング史では、強かった…。

 

第3位 15度防衛 第8代WBO世界フェザー級王者

ナジーム・ハメド(英) 

悪魔王子ハメドがこの位置。
イエメンの血を引き、異常なまでの反応速度と柔らかさ。
変則的…の範疇を超えた変則スタイル。

何もかもがボクシングという競技において異質だった男。
そのボクシングに魅了されたファンも多数…WBOの価値を一気に引き上げた。
トム・ジョンソンからIBF王座を奪い去り、
WBA王座を返上して挑んできたウィルフレド・バスケス(プエルトリコ)も破る。
さらに、セサール・ソト(メキシコ)からはWBC王座を奪取。

WBO以外の王座はわずかな防衛数で返上するものの…
実質的な当時のフェザー級最強を印象付ける。
最後はWBO王座も返上…

IBOの王座決定戦でマルコ・アントニオ・バレラ(メキシコ)に敗北し、伝説に幕が下りた。
次戦で、IBOの王座決定戦に再度挑み、マヌエル・カルボ(スペイン)に勝利して
5本目のベルトをコレクト。
そのままリングを降りている。

はじめの一歩のブライアン・ホークのモデルにもなった男。

当時はWBOを日本ボクシング界が認めていなかった時代…
もし…ハメドに日本人が挑んでいたならば…。
現代ならそんな妄想も膨らませることができる。

世界的にはメジャー4団体、日本では2団体…
そんないびつな構造が解消される日本の4団体認可まで、
空想がリアリティを増す機会は、かなり少ないものだった。

メジャー4団体認可により王座の価値低下が叫ばれて久しいが、WBOにもIBFにも、
いまや歴代の猛者たちが作り上げた価値がしっかりあるのである。

さて…4位以降はこんな感じ。

第4位 11度防衛 第8代IBF世界フェザー級王者 トム・ジョンソン(米)
第5位 9度防衛 第16代WBC世界フェザー級王者 サルバドール・サンチェス(メキシコ)
第6位 8度防衛 第15代WBA世界フェザー級王者 パク・ヨンギュン(韓)
第6位 8度防衛 第15代WBC世界フェザー級王者 ダニー・ロペス(米)
第6位 8度防衛 第5代IBF世界フェザー級王者 ホルヘ・パエス(メキシコ)
第9位 7度防衛 第2代WBA世界フェザー級王者 ビセンテ・サルディバル(メキシコ)
第9位 7度防衛 第3代WBC世界フェザー級王者 ビセンテ・サルディバル(メキシコ)
第9位 7度防衛 第14代WBA世界フェザー級王者 アントニオ・エスパラゴサ(ベネズエラ)
第9位 7度防衛 第27代WBC世界フェザー級王者 ルイシト・エスピノサ(比)
第9位 7度防衛 第7代WBO世界フェザー級王者 スティーブ・ロビンソン(英)

 

4位には11度防衛のトム・ジョンソン。

世界初挑戦はマヌエル・メディナ(メキシコ)との激闘の末、僅差判定で涙をのむ。
しかし、リターンマッチでは逆に僅差判定で王座を獲得。
6度目の防衛戦ではラバーマッチに勝利して決着。

メディナとの3試合は激闘として名高いもの。
当時、フェザー級最強と目された強打者だったが、
英国に異質な超新星、ハメドが現れる。

あまりにも突拍子もないスタイルに、”キワモノ視”までされたハメド。
敵地英国に乗り込んでハメドとの王座統一戦に挑み…
結果、ハメドの実力を世界に知らしめる敗北を喫することとなる。

彼の強打を取ってつけられた異名は”ブンブン”。
ハメドの引き立て役…として語られることが多いですが、まぎれもなく時代を作った選手です。 

 

5位には9度防衛のサルバドール・サンチェス(メキシコ)

歴代フェザー級最強とも言われるサンチェス。
はじめの一歩の真田 一機のモデルとなった人物。
医師を志し、学費を稼ぐためにリングに上がった。

バンタム級では減量に苦しむものの、フェザー級に上がると快進撃。
難敵を退け、当時の超人気王者だったダニー・ロペス(米)に挑んで王座を強奪。

プエルトリコのKOキングウィルフレド・ゴメス(プエルトリコ)を返り討ちにし
歴代軽量級最強との評価もあるアズマー・ネルソン(ガーナ)にも黒星をつけている。
世界のその名をとどろかせ、防衛ロードをひた走る最中…。
フアン・ラポルテとの10度目の防衛戦を控えていたところで、自動車事故により死去。

衰えた姿を見せぬままに消えてしまった天才。
他のレジェンドたちと比較するとき、少しズルい気はするけれども…

重量級に特化していたプロモーターであるドン・キングと契約し、
ニューヨークでアズマー・ネルソンとの試合を実現させた経緯もとんでもない。
これって後楽園でタイ人とフィリピン人が試合します…で興行が成り立つようなもの。

歴史上No.1のディフェンスマスターとされるウィリー・ペップ(米)に下を巻かせた才能は
そう語られて遜色ない実力を証明している。 

 

6位には8度防衛で3名。

お隣の韓国から”ブルドーザー”パク・ヨンギュン(漢字表記:朴永均)。
アントニオ・エスパラゴサ(ベネズエラ)から王座を奪うと、8度防衛。

初防衛戦では、竹田 益朗(陽光アダチ)を下す。
この竹田…五輪銅メダリストの清水 聡(大橋)の専任コーチを行ったこともある方。
タイトルには無縁でしたが、国内で名勝負を演出した名選手。

二度目の防衛戦では帝拳プロモーションとの契約選手、エロイ・ロハス(ベネズエラ)を退ける。
さらに浅川 誠二(神戸)を3度目の防衛戦で、松本 好二(ヨネクラ)を4度目の防衛戦で破っている。

当時、反日感情の高まっていた韓国。
日本人選手を破り続けることで、韓国での人気を高めて行ったヨンギュン。
韓国を訪れた日本人選手には客席から飲食物が浴びせられたことも…。

敗れた3選手は当時国内でしのぎを削ったライバル関係…それをことごとく破っていったパクは
まさに当時の日本ボクシング界の宿敵。

彼が陥落したのは、9度目の防衛戦。
エロイ・ロハス(ベネズエラ)とのリマッチに敗れてのこと。 

 

同じく8度防衛で、米国のダニー・ロペス(米)

リトル・レッドの異名を持つ混血の人気王者。
インディアン、アイリッシュ、メキシカン…
ディフェンスに難があるものの、強打も相俟ってスリリングな展開を産み、
“逆転のロペス”とも言われた。

ロペスは過大評価…と言われることが多いようですが、
ルーベン・オリバレス(メキシコ)やマイク・アヤラ(米)など、強豪選手に上げた星も多い。

実はロペスは世界王座獲得前に日本人選手に敗れている。
ロペスを破った男…ロサンゼルスを拠点に数多の強豪と戦い続けたシゲ 福山(協栄)である。
福山は真っ向からの撃ち合いでロペスを破って大金星。
負けは多いがのちの世界王者など、超強豪をあと一歩まで追いつめることも多々あった名選手。
ようやく手に入れたデビッド・コティ(ガーナ)への
世界挑戦では試合中に足を骨折して涙を飲んだ。

そのコティからベルトを取り上げたのがロペス。
その後、8度防衛し、最後は若きサルバドール・サンチェス(メキシコ)にその名声を譲った。 

 

さらに同じく8度防衛でホルヘ・パエス。
こちらも超のつく人気選手。

カルビン・グローブ(米)から最終ラウンドに3度ダウンを奪い逆転の判定勝ちで王座獲得。
頭のいろんなところを刈り混んだ派手なヘアスタイルに、ダンスしながらパンチを撃ち込む。
K-1の須藤 元気はこの選手を参考にしたのかな…なんて思うような動き。

初防衛戦ではカルビン・グローブとのリマッチを11RTKOで制し、
7度目の防衛戦ではルイ・エスピノサ(米)からWBO王座を吸収。
トロイ・ドーシー(米)との2度の激戦でベルトを守り抜き、二階級制覇を狙って
スーパーフェザーの強打者、トニー・ロペス(米)へ挑むも敗戦。

その後、それぞれの王座を返上。
何度も何度も二階級制覇に挑むも、パーネル・ウィテカー(米)オスカー・デラホーヤ(米)など
当時の飛びぬけた大スターたちの前にその野望は阻まれた。

さて、9位には7度防衛で4名(サルディバルはWBA/WBC同時に7度防衛の為、延べ人数では5名)。

まずは”メキシコの赤い鷹”ビセンテ・サルディバル(メキシコ)
勇猛果敢なファイトで世界を魅了した名王者。

ライバルとして名高いのが関 光徳(新和)ハワード・ウィンストン(英)
この3名…いずれもその国のボクシングファンの間では伝説化されるような存在。
そんな3選手が三つ巴で争った世界王座…その頂点に立ったのがサルディバル…痺れます。

7度防衛後、王座を返上して引退したサルディバルですが、その後復帰して王座を再獲得。
そのサルディバルを撃ち破ったのが、日本の柴田 国明(ヨネクラ)
その衝撃の結果、本場メキシコにも柴田ファンが多数現れたそうで…。 

 

続いてアントニオ・エスパラゴサ(ベネズエラ)

アッパーの名手として名高い選手。
鞭のようにしなるアッパーとベテランの試合運びで8度王座を防衛。
満を持して挑んだ杉谷 満(協栄)も彼の前に力つきました。
最後はパク・ヨンギュン(韓)の猛烈なアタックで陥落。 

日本のリングで戦ったルイシト・エスピノサ(比)もトップ10入り。

二階級下のバンタム級で世界初挑戦。
王者だったカオコー・ギャラクシー(タイ)が突如、原因不明の失神で王座獲得。
こちらは2度防衛後陥落、減量苦からフェザー級へとやってきた。

ジョー小泉氏とマネージメント契約を結び、ルイシト 小泉の名でアベジムに所属。
マヌエル・メディナ(メキシコ)から王座を奪い
セサール・ソト(メキシコ)に敗れるまで7度の防衛を記録。 

そして、スティーブ・ロビンソン。
何度も何度も負けながら、ようやくつかんだ
WBO世界フェザー級王座決定戦のチャンスで王座獲得。
その後、デューク・マッケンジー(英)の4階級制覇を阻むなど、しぶとく王座を守り続けた。
しかし最後は、超新星ナジーム・ハメド(英)に王座を譲る形になる。

ガッチガチのガードで不器用なディフェンシブさを見せるロビンソン。
そのスタイルは賛否両論ありそうなところですが、王座を奪われたハメド戦では
スタイルも歩んだボクシングロードも対極の二人が拳を合わせており…。
これはこれで面白い試合、一見の価値ありです。

 

さてさて、ランク外のところ。

各地域バランス良く名王者を輩出していますが、トップ10入りがなかったのはアフリカ。
ガーナのアズマー・ネルソンがあと一歩の6度防衛を記録しています。
プロフェッサー(教授)と呼ばれ、ジェフ・フェネック(豪)
ウィルフレド・ゴメス(プエルトリコ)らの名を残す名選手を撃ち破って軽量級最強と
言われることさえある選手。 

現役世界王者での最多はIBF王者のリー・セルビー(英)

WBAはスーパー王者のカール・フランプトン(英)レオ・サンタクルス(メキシコ)との
リマッチに向かい正規王者のアブネル・マレス(メキシコ)は暫定王者の
カルロス・ザンブラノ(ペルー)と統一戦をオーダーされています。

WBCのゲイリー・ラッセルJr(米)ワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)へのリベンジを
望むコメントを出しており、階級変更も辞さないとのこと。
また、ラッセルJrの練習中のカットによって設けられたWBC暫定王座は
オスカル・エスカンドン(コロンビア)が獲得。
ラッセルJrとの統一戦か…ラッセルJrの転級による正規王座繰り上げか…
全てはロマチェンコとの兼ね合いにも思えます。

WBO王者のオスカル・バルデス(メキシコ)は昨年、マニー・パッキャオ(比)の前座に登場。
今後のスター候補として見られていることを示し…
そうなると防衛を重ねる以上に、ビッグマッチ思考の
マッチメイクになっていくようにも感じます。

ちょっと落ち着きが見られないフェザー級の動向ですが…。
ここに食い込む日本人が出てくるのかどうか…
ロンドン五輪で銅メダルを手に入れた、清水 聡には期待したいところ。

さて、フェザーでは日本人世界王者のランクインはなし。
最多防衛数は西城 正三(協栄)の5度。

実はフェザー級世界王座の防衛は1971年11月11日の
柴田 国明vsエルネスト・マルセル(パナマ)以来達成されていないのです。
もう45年以上…。
ここまで階級が上がって来ると、なかなか厳しくなってくる…。

連続防衛ランキングを見ても、後世に名を残すスター選手たちも多くいます。
徐々に米国主権の階級になってきました…。
日本人の強さや弱さ以前に、ドルの強さにチャンスが目減りしてしまう階級になっていきます。

チャンスが欲しければラスベガスで人気を…
しかし、ポーランド人やメキシカンと違い、
日本人は米国に巨大なコミュニティを持っていません。
彼らは彼らで米国をホームにできる土壌があるからこそ、やすやすと米進出できるのです。

日本人が米進出するには…パックが見せたルート。
現地のスターたちを打倒し、”メキシカンキラー”の名を
手に入れることが一つの手段かもしれません。

ラスベガスのウィラポン・ナコンルアンプロモーション(タイ)になる…
と言ったところでしょうか。 

そう考えると、スーパーフェザーで時代を築いていた、
内山 高志(ワタナベ)三浦 隆司(帝拳)の功績は
稀に見る快挙だったと言いきれてしまう気がします。 

次回はそんなスーパーフェザー級、こうご期待。

 

※記録は2017/1/15時点

 

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