ライト級世界王座連続防衛回数ランキング(記録関連) ボクシング選手名鑑ピックアップ! 2017/01/19

ライト級世界王座連続防衛回数ランキング(記録関連) ボクシング選手名鑑ピックアップ! 2017/01/19

 

本日はライト級。
最近久しく日本人王者が出ていませんが、2階級制覇を達成した畑山 隆則(横浜光)
人気が爆発したのがこの階級を獲って以降。

また、ガッツ 石松(ヨネクラ)がレジェンドと拳を合わせながら、
衝撃の世界獲得を果たしたのもこの階級です。 

※WBA以前、NBA時代は除く。 

ライト級世界王座連続防衛回数トップ10

130~135ポンド (58.967~61.235kg)
全17階級中のちょうど真ん中。
成人男子の平均体重に最も近い階級ということから、「世界的に最も選手層が厚い階級」と言われます。
本当にそうかどうかは時代によってだとも思いますが、
一番かどうかはさておき、いつの時代も強豪がひしめいていたのがこの階級。

1886年創設。
その歴史は130年以上。
ヘビー級だけだったボクシングが階級制となったのがライト級創設以降。

 

第1位 17度防衛 第5代WBO世界ライト級王者

アルツール・グレゴリアン(ウズベキスタン)

当時はソ連領だったウズベキスタン、タシケントに産まれる。
ウズベキスタン出身、ドイツを主戦場に戦った”キング・アーサー”が最多連続防衛の頂点。
ソ連代表として、世界選手権2位、グッドウィルゲーム優勝、バルセロナ五輪代表…
輝かしい実績を携えてプロ転向。

プロへのルートがなかった母国を後にし、ドイツをホームリングとして戦います。
デビュー後、連戦連勝…トップコンテンダーに上り詰めると、
WBOの価値を一気に高めたオスカー・デラホーヤが2階級目となるライト級王座を6度防衛後返上。
その後釜を決める王座決定戦で、既に元IBF世界フェザー級王者のアントニオ・リベラ(プエルトリコ)を
最終ラウンドで沈めて無敗のまま世界王者に昇りつめる。

順調に防衛を重ねると、5度目の防衛戦でマルコ・ルドルフ(独)と対戦。
ルドルフはアマチュア時代、世界選手権の決勝でグレゴリアンを破った相手。

ちなみに、ルドルフはこの年の世界選手権、ルドルフはグレゴリアン以外にも、オスカー・デラホーヤや
畑山を破ったジュリアン・ロルシー(仏)など…数々の強豪を撃破して世界選手権を制しています。

かつてアマチュアの頂点を争った二人が、プロのリングで頂点を争う…。
この試合を6RKOでで見事リベンジを果たしたグレゴリアン。

その後もコンスタントに防衛戦を積み重ね、8年弱に渡って17度の連続防衛。
18度目の防衛戦は、2階級制覇を狙った
“ブラジリアンボンバー”アセリノ・フレイタス(ブラジル)を相手に
初めて米本土のリングに乗り込んだ試合。
12R判定で、王座を陥落し、フレイタス強しを印象付ける結果となりました。

第2位 12度防衛 第8代WBA世界ライト級王者

ロベルト・デュラン(パナマ)

石の拳ロベルト・デュランが2位となる12度の連続防衛。
スラム街で産まれてパナマの英雄に上り詰めた男はいつもぶっとんでいた。

王座陥落直後に南米遠征を行った元世界王者、小林 弘(中村)が無名選手に敗れる波乱が起こる。
小林はショックを隠せず引退…しかし、その小林を破った男こそ、後に伝説ともなるデュラン。

当時ライト級最強と目された超技巧派のケン・ブキャナン(英)をボディで沈めて王座獲得。
ローブローを主張するブキャナンに「ノーファールカップがあるじゃないか!」と言い放つ。
プライベートでは、女の子の気を惹く為に、近くに繋いであった馬を殴り倒すなど、
破天荒さは伝説級。

王座獲得後も頻繁にノンタイトル戦をこなし、月に1度はリングに上がっていた。
王座獲得後、ノンタイトル3連戦を行った3試合目、エステバン・デ・ヘスス(プエルトリコ)
初黒星をつけられるも、4度目の防衛戦では11RTKOで返り討ちに。

ちなみにそのひとつ前の3度目の防衛戦では、ガッツ 石松の挑戦を10RTKOで退けている。
ガッツはこの試合で、「デュランにパンチが当たった…他の王者なら倒せる!」と自身を深め
WBCの王座を獲得することとなります…。
…当時、デュランがどれ程特別な存在だったかがわかるようなガッツのコメント。

5度目の防衛戦では高山 将孝(ピストン堀口)を1RKOで沈め、その後も防衛を重ねて行く…
最後となる12度目の防衛戦は1勝1敗のエステバン・デ・ヘススとのラバーマッチ。
12RTKOで退けて、2階級制覇へと挑んでいく…

その後はシュガー・レイ・レナード(米)を破って英雄になり、
再戦では途中で「ノ・マス(もうたくさんだ)」と言い放ち棄権。
有名なノ・マス事件としてファンの記憶にも残り続ける。

強烈な強さ、ぶっとんだ行動…
いずれもデュランらしく…これからも語られていく超レジェンドの一人。

第3位 10度防衛 第23代WBC世界ライト級王者

ミゲール・アンヘル・ゴンサレス(メキシコ)

日本のリングでは協栄ジムに所属し、東京 三太として活躍した男。
イケメンで日本の女性誌に載ることもあったそうな…。

日本を離れたあとも、三太の名が気に入っていたゴンサレスは、
トーキョー・サンタをニックネームとして使用。 

ソウル五輪代表になるなど、アマキャリアを構築。
母国でキャリアを積むと、来日して協栄ジムに所属。
世界ランクを奪取し、これからというところで帰国。

日本在籍期間は1年半、戦った試合は5試合なれど、当時その戦いぶりを目撃したファンは
今でもその強さを雄弁に語ったりします。

日本を離れて1年後、パーネル・ウィテカー(米)の王座返上に伴って行われた、
ウィルフレド・ロチャ(コロンビア)との王座決定戦を制して王座を獲得。

ジャン・バチスト・メンディ(仏)レバンダー・ジョンソン(米)、カルビン・グローブ(米)など
のちの世界王者や元世界王者を葬りながら10度の連続防衛。

この王座を返上し、2階級制覇を狙ってオスカー・デラホーヤに挑む。
このビッグマッチでは12R判定で敗れ…さらにデラホーヤの王座返上後、
3階級制覇を狙うメキシコの英雄フリオ・セサール・チャベス(メキシコ)との王座決定戦。
こちらも敗れてしまい、超レジェンドの壁の前に2本目のベルトが遠のく…。

さらにコンスタンチン・チュー(豪)との王座決定戦にも敗れて、3度挑んだ
スーパーライトを諦め…ウェルターではコーリー・スピンクス(米)ルイス・コラーゾ(米)
阻まれ…念願の2階級制覇は叶わぬまま、ライト級に名を残す王者としてリングを去りました。

東京 三太でも叶わない…複数階級制覇が簡単な代物でないことを実感します。 

さて、4位以下はこんな感じ。

第4位 8度防衛 第7代IBF世界ライト級王者 パーネル・ウィテカー(米)
第4位 8度防衛 第12代IBF世界ライト級王者 シェーン・モズリー(米)
第4位 8度防衛 第13代IBF世界ライト級王者 ポール・スパダフォーラ(米)
第7位 6度防衛 第24代WBA世界ライト級王者 オルズベック・ナザロフ(キルギス)
第7位 6度防衛 第34代WBA世界ライト級王者 フアン・ディアス(米)
第7位 6度防衛 第22代WBC世界ライト級王者 パーネル・ウィテカー(米)
第7位 6度防衛 第11代IBF世界ライト級王者 フィリップ・ホリデー(豪)
第7位 6度防衛 第21代IBF世界ライト級王者 ミゲール・バスケス(メキシコ)
第7位 6度防衛 第4代WBO世界ライト級王者 オスカー・デラホーヤ(米)

4位の8度防衛には3名。

まずはパーネル・ウィテカー(米)

地元記者のうっかりによって名づけられたニックネーム”スイートピー”。
ボクサーにそぐわなそうな花の名前ですが…
ウィテカーの美しさにはぴったりフィット。

スイートピーと言えばウィテカー…ボクシングファンの中では定着しています。
一般的には…「スイートピーと呼ばれるいかつい黒人」…理解を得られないかもしれませんが…。

ロス五輪金メダリスト。
ロス五輪でも大注目だったウィテカー。
トップアマとして鳴り物入りでデビュー。

最終的に4階級制覇を成し遂げるレジェンドですが、
初の世界獲得に挑んだWBC世界ライト級タイトルマッチでは
ホセ・ルイス・ラミレス(メキシコ)に敗北。
1年後にグレッグ・ホーゲンからIBFのベルトを取り上げて世界王者となる。

2度目の防衛戦では、王座を手放していたホセ・ルイス・ラミレスと再戦。
WBC王座の決定戦も兼ねられたこの試合で、見事リベンジを果たし、2団体制覇王者に…。
フアン・ナサリオ(プエルトリコ)からWBAのベルトも吸収し、3団体制覇を達成。

その後、この階級の王座を返上…
上の階級へと挑んでいき、数々の名勝負を残します。

2人目はシェーン・モズリー。

トップアマとしてプロ転向し、フィリップ・ホリデーからIBF王座を獲得。
パーネル・ウィテカー(米)の再来とも言われた天才は、
わずか2年弱の間に一気に王座を8度防衛。
その強さは歴代ライト級で”デュランの次”とも言われるほど。

スター選手に成り上がり、ウェルター級で2階級上にいた
オスカー・デラホーヤの対角コーナーを射止めると、
このビッグマッチでデラホーヤを破り…さらにスーパーウェルターでの再戦でも勝利。

晩年、フロイド・メイウェザーJr(米)に敗れ、
メイウェザー伝説の1ページにされてしまうものの…
若かりし日のモズリーはメイウェザーに劣らぬ輝きを放った。

3人目にはポール・スパダフォーラ。

またもや、80戦75勝と強烈なアマ戦績を誇る選手。
シェーン・モズリーの王座返上に伴った王座決定戦で
イスラエル・カルドナ(米)を破って王座獲得。

技巧派王者らしく、判定での際どい試合も含めて王座の防衛を重ねて行き
事実上の階級最強決定戦としてレナード・ドリン(ルーマニア)と対戦。
この試合は引分けでお互いに防衛数を一つ増やす。

この試合を最後に転級を決め、複数階級制覇に踏み出すも…。
殺人未遂、飲酒運転、薬物…数々の犯罪で以降のキャリアを棒に振る。

2階級制覇挑戦に挑んだ頃には、10年の歳月が経過しており…
WBA世界スーパーライト級暫定王者だったヨハン・ペレス(ベネズエラ)に接戦を演じるも
念願叶わず…2014年7月以降リングには上がっていない。

何とも惜しいボクシングキャリア。

さて、7位には6名が6度防衛で名を連ねる。

4位にランクされる3団体制覇王者のパーネル・ウィテカー(米)
2本目のベルトとして手に入れたWBC世界ライト級王座。
このベルトの防衛数もここにランクイン。 

日本の協栄ジムから王座を獲得したオルズベック・ナザロフ。
アマチュアでは世界選手権銅メダリスト、欧州王者。
トップアマとしてペレストロイカ政策の折にアントニオ猪木の橋渡しで来日。

圧倒的強さで国内を駆け抜け、敵地南アフリカで
ディンガン・トベラ(南ア)からWBAの王座を強奪。
日本で5度の防衛を重ねるも…輸入ボクサーであるが故の不人気。
世界王者でありながら、世界戦開催さえ困難な状況に陥る。

結局いたずらに時間を消費し、フランスへと拠点を移し…6度目の防衛を飾るも
2戦のノンタイトルを挟んだ後、ジャン・バチスト・メンディに王座を追われることとなる。
もし、当時のソ連にプロになるルートがあったなら…
日本の一般層にナザロフの魅力が浸透するような土壌があれば…

そんなたらればを言いたくなってしまう選手。
日本のジム所属の世界王者として、その名は日本のボクシング史にも刻まれています。 

ベビー・ブルと呼ばれたフアン・ディアス(米)

2階級制覇王者のラクバ・シン(モンゴル)から王座を奪い、3度防衛。
4度目の防衛戦はWBO王座との統一戦。
相手は2階級目の王座を手に入れていた”ブラジリアンボンバー”アセリノ・フレイタス(ブラジル)
この階級の最多連続防衛記録を持つ、
アルツール・グレゴリアンから奪ったベルトを携えての統一戦。
この試合でフレイタスは9Rのゴングに応じることができずに、ディアスは王座を統一。
さらにフリオ・ディアス(メキシコ)からもIBF王座を取り上げて3団体統一王者に…。

階級最強を証明したはずだったが…
驚きのアップセットでネイト・キャンベル(英)に敗北。
王座を陥落し、その後もフアン・マヌエル・マルケス(メキシコ)に連敗。
ポール・マリナッジ(米)と1勝1敗など、一旦は王座から遠ざかり、引退を決めるも…

昨年現役復帰し、現在2連勝中。
年齢もまだ33歳、過去の実績は充分。
果たしてもう一度世界のトップ戦線に絡んでくるか…。 

さらに、フィリップ・ホリデー。
元々は南アフリカ人だったが、キャリアの途中でオーストラリアへ国籍を変更。

まだ南アフリカ人だったころ、オスカー・デラホーヤの王座返上に伴って開催された
IBF世界ライト級王座決定戦に出場し、ミゲール・フリオ(コロンビア)を下して王座獲得。
2度防衛すると、3度目の防衛戦ではジェフ・フェネック(豪)の4階級制覇を阻む。
7度目の防衛戦、のちの大スターとなるシェーン・モズリーに王座陥落。

その後はマイナータイトルや地域王座戦に挑むも負けが混むようになる。
2002年に国籍変更したが、その後も状況は変わらず。
一度引退、7年のブランクを作って復帰…最後は豪州の国内タイトルを獲得して引退。 

そして、現在世界ランカーとして返り咲きを狙うミゲール・バスケスもここ。

キム・ジフン(韓)(金 智勲)との王座決定戦を制して王座を獲得。
その後、6度の防衛を積み重ねて、最後はミッキー・ベイ(米)を相手に陥落。
防衛を重ねながらも、超ビッグマッチの前座に甘んじていたバスケス。

階級を上げて、2階級制覇…さらにビッグスターとの対戦を手に入れられるか…。
まだまだ終わっていない30歳。

最後にオスカー・デラホーヤ。
WBO世界スーパーフェザー級王座を1度防衛して返上。
ライト級にやってくると人気者のホルヘ・パエス(メキシコ)との王座決定戦を制して2階級制覇。

ジョンジョン・モリナ(プエルトリコ)を倒すなど3度防衛を重ねると
ラファエル・ルエラス(メキシコ)からIBF王座を吸収、この王座は即時返上。
圧倒的な強さを見せて、この階級を去っていく。

さらにこの後、スーパーライト級以降の連続でのビッグマッチで
デラホーヤの名はさらにさらに高まっていく…。

トップ10は以上。

ビッグマッチ思考が高まってくるこの階級。
この階級に落ち着いて防衛数を重ねるのは少数派なのか
長い歴史とは裏腹に6度防衛でトップ10に入って来る。 

しかしながら、そのトップ10にはビッグスターが多数。
デュラン、モズリー、デラホーヤ、ウィテカー…。

アフリカからはフィリップ・ホリデーが7位にランクイン。
最終的な国籍は豪州ですが、当時はまだ南アフリカ人ですので
アフリカの世界王者と言っていいでしょう。

ナザロフもまた、最終的には日本のジムを離れていますが、
王座獲得時は日本のジム所属ですから、アジアトップの記録として見れす。

日本国籍という意味でいけば、ガッツ 石松が5度の防衛で次点。 

現役世界王者ではテリー・フラナガン(英)が4度で最多。
このまま防衛を続ければ、2017年中のトップ10入りも。

しかし…現在1位には次の時代の主役とも目されるフェリックス・ベルデホ(プエルトリコ)
一筋縄じゃいかない強豪たちが顔を揃えており…
簡単な仕事ではないように思えます。

WBC/WBAの統一王者、ホルヘ・リナレス(ベネズエラ)はWBCを3度防衛していますが
拳の怪我により、休養王者入りしています。
この階級の現在の主役と思えるだけに…早い復帰を熱望!

ロンドン五輪金メダリストのルーク・キャンベル(英)
そのキャンベルに土をつけたイバン・メンディ(仏)など…
リナレスに挑戦してほしい楽しみな新鋭もいます。

 

さて、次回はスーパーライト級。
近年のレジェンドも、懐かしのレジェンドも登場。

てな訳でまた次回。

 

※記録は2017/1/19時点

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