僕の心の名選手 茗荷 新緑(川島)① ボクシング選手名鑑ピックアップ! 2016/02/03
以前ですね、ミゲル・オカンポ(緑)に注目してる…って書いたかと思います。
緑ジムの横文字選手?
オケロ・ピーター(緑)を思い出すじゃないか!
…と名前だけで注目したっていう、安易な理由。
ジャンボおだ信長 書店ペタジーニ(六島)…とか、名前で目立つ選手もいますが…
僕的にはどんどんやれ!…って思っちゃいます。
プロなんだから、「目立つ為に何だってやる」っていいじゃないのって。
そんな名前の話をしていると、思い出すのが茗荷 新緑(川島)。
読めますか?
「みょうがよしのり」って読むんです。
ランカーになった選手ではないので、国内の動向を見ていないファンには馴染みのない選手。
ピンと来る人も少数派かもしれません。
生涯戦績は11戦8勝(1KO)1敗2分。
立派なモンです。
ランカーになっててもおかしくない戦績。
実際ランカーまでもう少し…だったはずなんです。
東日本新人王戦で初の敗北を味わうものの、その後3連勝。
さぁ、ここから!ってところで、彼の名前はボクシング界から消えてしまいます。
後楽園で見つけたお気に入り選手が、突然消えていく…。
今ではもう慣れっこですが、当時の寂しさったらなかった。
最初はわかんないんですよ、引退したのかどうか…。
3ヶ月くらい経って、あれ?まだ試合無いな…って。
半年経って怪我でもしたのか?
この頃には、次の試合絶対見逃してなるものか…ってテンション。
1年経って…まさか?
2年も経つと諦めモードで、いつか復帰してくれないかな…って。
それでもやっぱり気になって…、お酒のアテの冷奴にミョウガがついてれば、
「ミョウガって言えば、“みょうがよしのり”って選手がいてさ…」なんて始まってた。
まぁ、そんなワケのわかんない話は置いといて…
新シリーズは僕がハマった心の名選手。
茗荷 新緑のピックアップです!
ボクシングの聖地、後楽園ホール。
地方ジムの選手がこのリングに憧れを抱くように、
地方のボクヲタも、この後楽園ホールに行くときは特別な気持ちになっていたりします。
大学生の頃、僕岐阜に住んでまして…。
決めてたんですね、「月に1回後楽園に行く」って。
その為にバイトして、今月はこの興行!って決めて、毎日その日を楽しみにして…。
お金が無いので、前日には鈍行列車に乗り込み前ノリ。
適当な公園で寝袋で寝て後楽園…っていうのがお決まりのコースでした。
そんな必死で行ってた後楽園ホール。
4回戦から見逃すまい…と。
この中にいつかチャンピオンになる選手がいるはずだ…と。
ボクサーって世界ランカーでも色んなタイプがいまして、ハードパンチャーや技巧派…
これが4回戦になると、さらにバラエティ豊かと言いますか、ほんとに多種多様。
練習でやってたことがすっ飛んじゃって、ケンカの延長のように戦うボクサー。
ガードを固めて、ほとんど手が出なくなっちゃうボクサー。
そんなボクサーが3ヶ月後にガラッと変わってカッコいいKO決めてたり…。
空けてビックリ玉手箱…試合展開の予想なんて屁の突っ張りにもなりませんわ。
そんな中に、ファンたちが「おぉ!!」って思うようなボクサーっていうのは確かに混ざってて…。
シャープに相手を倒すボクサーだったり、段違いのスピードで相手を翻弄したり…。
このあたりの差が出やすいのも4回戦。
ある日、そんな「おぉ!!」ってなっちゃう選手を見つけます。
相手のパンチが…当たらないんです。
超圧倒的な才能に恵まれたスーパースター候補が…華やかにって訳じゃなくて…
とにかく丁寧なボクシング。
頭を振る動きが止まることはなく、マトを絞らせない、もらわない。
距離を完全に自分の物にして、フェイントで翻弄しながら、当てたいパンチを当てる。
一見地味なボクシングと言われてしまえば…あぁ、そうですね、と言ってしまうしかないのかもしれません。
が、他の4回戦とは全く違う。
上に行くほど、ダメージが表情に出ないって言うじゃないですか…って。
4回戦で戦う選手の中には1発いいのもらうと、ガンガン出てたのに急にパンチが出せなくなったり、
ボディを嫌ってあからさまにガードが下がったり…、解りやすい選手も多いんですね。
やっぱり、A級ボクサーなんかと比べたら、4回戦ボクサーの方が僕らと感覚が近いのかもしれません。
考えてることが、なんとなく伝わってくる。
茗荷選手っていうのは、4回戦の頃から何を考えているのか見えなかった。
相手のパンチが当たっても、効いたパンチなのかどうなのか…全くわからない。
相手を倒すこと、殴られる恐怖、そういったものでいっぱいいっぱいになる選手も多い中で、
彼はきっと「ボクシングをすること」に熱中していたように感じます。
ある種特殊な空気を持った選手。
後楽園ホールに通ってるファンの中には、何人か同じような感想を持った人もいたようで…。
まだ客が入りきらない後楽園。
空席が目立つ中、誰かが「手出せ!!」なんて怒鳴ってたり、セコンドの声がやけに響いてたり…。
選手の友人なのかファンなのか…、必死の応援がひたすら目立ってたり。
その日によって雰囲気は多少変わるもの。
それがね、彼の試合が始まると…ちょっと客席は特殊な空気になる。
多分この人たち後楽園ホールに何年も通ってるんだろうなって、数人のファンがね…唸るんです。声に出して。
たまにそれが何人か重なって笑っちゃいそうになったことも。
茗荷がプロボクサーとしてデビューしたのは22歳の頃。
所属したジムは“アンタッチャブル”川島 郭志(ヨネクラ)が会長を務める川島ジム。
川島会長は“触らせない”なんて言われた日本ボクシング史上でも屈指のディフェンス技術のスペシャリスト。
茗荷が憧れたボクサーはこれまたディフェンス技術に定評があった徳山 昌守(金沢)。
フリッカージャブを駆使したデトロイトスタイルで、いくつものジャブを使い分けたテクニシャン。
斬って落とす攻撃的な印象が強い選手ではありますが、
ディフェンス技術の高さで攻撃力を産み出す代表的な存在。
茗荷選手がディフェンシブなボクサーになっていくのは入口から決まっていたようなものだったわけです。
これまで紹介してきた有名選手とは違って、ランカーになる前に引退してしまった茗荷選手。
映像などを見直しつつなんてことができないので…僕の記憶の中のお話。
彼の試合を初めて見たのは3戦目の山口 卓也(レイS)戦。
2戦1勝1分の茗荷と1戦1勝(1KO)の山口。
デビュー戦を見事に1RKOで飾っていた山口のパンチが、この試合一切当たらない。
サウスポーの茗荷に対して、距離が全く合わないんですね。
オーソドックスvsサウスポーによくあるパターンの奴かなって思ってたら…。
2Rが終わっても展開は変わらず。
合わないなら合わないでも多少は当たるもんです。
あれ?これはおかしいぞ?なんて思ってたら…試合が終わっちゃって。
それでね、何だったんだあの試合!?ってなるわけです。
そこからずっとその試合が引っかかってて…。
茗荷って珍しい苗字も相まって、記憶に残るわけです。
半年近くたったある日、保住 直孝(ヨネクラ)が好きな友人がいて、
そいつが試合見に行くって言うので、スケジュール見てみたら、茗荷 新緑の名前が…。
これは行かなきゃっていうんで一緒に見に行くんですね。
ここでちょいと思い出深いお話が…
とまぁ、そんなところで本日は区切り…。
では、また明後日!
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