ただ…前へ…。 松本 一也(松田)② ボクシング選手名鑑ピックアップ! 2016/03/07

ただ…前へ…。 松本 一也(松田)② ボクシング選手名鑑ピックアップ! 2016/03/07
 
 

滋賀県甲賀市信楽町。

中学時代、ちょいとやんちゃだった松本 一也(松田)は2つ上の先輩に憧れた。
まるで兄のように慕った先輩は、滋賀で10年に1人の逸材と称されるほどの実力者。

彼を追ってボクシング部に入部した松本。
ファイトスタイルは根っからのファイターだった先輩に影響を受けた。
 
 

高校時代は近畿国体3位。
選手数の少なかった滋賀でのアマチュアでは、2勝2敗というレコードが残っている。
彼が出場した近畿国体では、山中 慎介(帝拳)村田 涼太(帝拳)李 明浩(大阪帝拳)等…
現在トップ戦線で活躍する帝拳勢が出場していて、この頃の近畿のレベルの高さがうかがえる。
 

松本がプロを目指したきっかけ。
それは憧れた先輩が大学を中退し、プロの世界を目指したことだった。
名古屋の松田ジムに入門した先輩を追いかけ、自身も松田ジムへ入門する。

このくだりは、彼の純粋さを感じさせるエピソードである。
彼のボクシング人生やスタイルは、彼に憧れたその瞬間から全くブレることはない。
 
 

名古屋へ転居して迎えた念願のプロデビュー戦。
松本のモチベーションは最悪だった。
スパーリングはわずか4R、走った距離は10km/月にも満たず…。

負けて滋賀に帰ろうと思ったリング。
しかし、ゴングが鳴った瞬間にスイッチが入った。
デビュー戦同士だった伊藤 孝志(岐阜ヨコゼキ)とのこの試合、
アマチュア経験の貯金がモノを言い、幸運にも2-0の判定を拾うこととなる。
 
 

この当時22歳とまだ若かった松本。
ムラっ気と共存する調子に乗りやすい性格が、デビュー戦勝利をきっかけに状況を好転させた。
 

走る距離は200km/月まで伸び万全の状態。
スパーリングも重ね手ごたえをつかむ。
そんな状態で迎えた中日本新人王予選の武藤 正人(天熊丸木)戦。
本人がベストバウトにも挙げるこの試合で2RKO勝ち。

絶好調の状態で、次戦への調整を開始する。
…しかし、彼を襲ったのは対戦相手ではなく、同僚のボディ。
スパーリングであばらを骨折し、新人王を無念の棄権となる。
 

この時期、ボクサー型へ傾倒していた松本だったが、次戦の3戦目であるきっかけをつかむこととなる。
実はこの試合、事前にバイト先で3RKO宣言をしていた松本。
2Rまでボクサー型で戦うと、3Rに宣言を現実の物にしようと、一気に前に出る。
試合は激しい撃ち合いとなり、最終的には宣言より1R遅い4RTKO。

当時は調子に乗っていたと語る松本。
この試合の翌日、ファイトマネーを受取に行ったジムで、会長から思わぬ言葉をもらう。
「松本があんなに撃ち合える選手だとは思ってなかった」
この言葉が、かつて先輩に憧れて選んだファイタースタイルを貫くきっかけとなり、
後楽園で僕が目撃した林との激闘を産むのである。
 

2度目の中日本新人王では篤 弘將(三津山)を負傷判定で破り、岩本 征晃(天熊丸木)と対峙する。
デビュー4連勝、新人王候補として迎えたこの試合。
振り返った松本は言う。

「ボクシングをナメていた。」
 
 

試合開始直後、グローブを合わせに行ったとき、相手のグローブしか見ていなかった。
刹那に何をもらったかわからないほど強烈なパンチをもらい、意識が飛ぶ…。
我に返ったときは4R、ボディを嫌がる相手に攻めて出るも時既に遅し。
判定で初の敗北を喫した。

記憶があるのは自分が獲ったと思える4Rのみ。
負けた実感は一切なかった。
 
 

もし最初の一撃が無ければ…もし6回戦だったとしたら…。
この試合を回顧しながら、悔しそうな表情を見せる松本の目の前には、
グローブをはめた岩本の姿が浮かんでいた。
 
 

「ボクシングなんて長くやるもんじゃない。一度でも負けたら引退。」
トレーナーがそう話していた通り、翌日には会長へ引退を申し出る。

…が、会長のたった一言。
「一回負けたくらいで辞めるな」

「それもそうだ…」
初めての引退宣言はわずか数秒で撤回されることとなる。
 

引退を口にした理由も考え直した理由も、実に純粋な少年のエピソードである。
 
 

ある名トレーナーが口にしたことがある。
「その選手が強くなれるかどうか、それは自分とトレーナーや会長をどれだけ信じられるか。」

松本はその言葉にカッチリとハマるボクサーでもあった。
 
 

3度目のエントリーとなる中日本新人王予選。
相手はのちに日本ランカーとなる大前 貴史(中日)
この試合、距離を詰めて詰めて押し切ったと感じた松本。

1人目の判定が読み上げられた瞬間、唖然とした。
「39-38 大前!」

まさか、と思うと同時に、そう言えば…。
もらったことを忘れるほど強烈な右ストレートをもらっていた松本。
真っ白になっている時間帯があることを思い出した。

自分が思った以上に見栄えが悪かったのか、記憶が曖昧な時間に何かあったのか…。
この時点でダメだと感じ、固まってしまったと言う。

しかしながら、残り二人のジャッジは松本支持。
スプリットでなんとか大前戦をクリアする。

試合後のシャワールームで初めて気付いたという失禁。
大前の右ストレートがどれほど強烈だったか…実にコミカルに話してくれた。
よほど自身にとって印象的な試合だったのだろう。

併せて、現在ランカーの大前に勝った…彼の中の殊勲の白星であったことは間違いない。
 
 

そして迎えた中日本新人王決勝。
相手は田中 周次(緑)。

事前に松浦 克哉(松田)と戦っていた田中。
この試合を見ていた松本は、全く負けるイメージを持たなかった。

しかし実際に手を合わせると…噛み合わせは最悪。
技術的に全く及ばない展開だったと言う。
初めのダウンはバランスを崩してグローブをリングにタッチしてしまったダウン。
その後、攻めて出てきた田中に、たまらず尻もちをつくダウン。

2ノックダウン制の新人王。
ルールに気付いておらずファイティングポーズをとったものの、試合は終了。
田中の前に3分持たずにリングを降りることとなった。
 
 

ほとんど記憶のない全回の敗北と違い、初めて実感のある敗北。
一度負けたら引退と決めていた松本。

ニ度目となったこの敗北で、松本は一度目の引退を決める。
 
 

しかしながら、この5ヶ月後、松本はリングに戻る。

実はこの理由…僕はあえて聞かないことにした。
自身の試合を回想しながら話す彼。
引退後4年以上の月日が経ちながら、未だ現役ボクサーの目をする彼に、この質問は不要だと感じた。

半年近い空白を空けての復帰。
理由をあえて文字にするなら、彼はボクサーだった。
どんな付随的な理由をこじつけても、根本的な理由はたったそれだけだったはずであり、
ファンとして見たとき、この理由以外の理由が意味を持たないと感じたからだ。
 
 

復帰を決めた後、モチベーションが異常に高まっていた松本。
ぶっ通しでサンドバッグを叩き続け、ひたすら走り、ボクシングに没頭する日々。
そんな松本を見ていた会長が一言。
「後楽園で試合するか?」
 

中日本新人王に敗れたボクサーが、もう一度階段を上ろうとするとき…。
名古屋では日本ランカーの数が少な過ぎるという現状がある。
敵地へ出向き、ランカーや有力選手を倒して名を挙げること…。
それがキャリアを構築する必須条件。

そのチャンスが誰にでも与えられるかと言えば、そうではなく…。
可能性を感じさせることのできない選手は当然、チャンスから遠ざかることになる。
 

会長が松本へ投げた一言。
この瞬間、彼はチャンスを手に入れることとなった。
 

試合が決まった直後、ジムへ松本宛の電話が鳴る。
相手は、スカパーのアナウンサー。

「対戦相手の元国体王者…木村選手を知っていますか?」
 
 

スカパーで中継されたこの試合、試合が決まるまで松本は相手のことを全く知らなかったという。

この当時、元国体王者として帝拳ジムからデビューし、売り出し中だった木村 悠(帝拳)
のちのWBC世界ライトフライ級王者である。
 

将来有望な東京のホープと、名古屋から出て来た地方の新人王予選で敗れた選手。
松本の勝ちを期待する選手は誰もいない。
地元判定もあるかもしれない…
 

地元判定…これを単純に不正と言うのはいささか乱暴な話でもある。
例えば…期待される将来有望な若手と、引退間近で今後のチャンスもなさそうな選手。
当然、公平に捌くのがジャッジの役目…しかし、先入観というのは無意識の部分に忍び寄る。

拮抗したクロスゲーム…どうしても有望な若手にポイントが転ぶのは、人が視覚で付けるジャッジ…
防ぎきれるものでは無かったりもする。
逆に、最近は地元判定への過敏な反応が多く、「地元判定にならないように…」といった意識が
外国人選手へ有利に転ぶことさえある。

ジャッジがなぜ3人いるのか…、様々な視点があるボクシングという競技。
その意味を考えれば、ラウンドマストシステムによるポイントのブレ…これもある程度、
見る側が許容すべき部分でもあったりする。
 

それはさて置き、格上相手に不利になり得る戦い。
勝てるわけがない、しかし勝つなら…
自身のスタイルでもある、前へ出るファイトで倒すしかない。
 

この試合はYoutubeにも上がっているので、是非見てほしい。
捌く木村に追う松本。
同じ展開が1Rから6Rまで続き、木村が判定勝利した試合。
世界トップレベルの試合を見た後にこの試合を見ると…「退屈」という言葉が出るかもしれない。
 

しかしこの試合、試合後の松本には大きな拍手が注がれた。
現地で見ていたファンは、ひたすら前に出た松本に熱くさせられたのである。

この次の試合、林戦を見ている僕は、この拍手の意味がハッキリと理解できる。
味方がいない敵地でただひたすらに、愚直に前に出る松本。
生で見るボクシングで感じれるものが、映像では感じられないことがままある。

彼の性格をそのまま表に出したように、純粋にまっすぐに、ただ前へ進む…。
そんなボクサーは観衆の心をつかんでしまうことがある。
その拳を見ながら、あるものは心で念じ、あるものは口に出す。
「届け!」…と。
 

試合終了のゴングが鳴り、フルマークの判定負けだと感じた本人。
僕自身も映像を見たマイジャッジではフルマークで木村の勝利。
 
 

しかし、発表された採点は、(60-54、59-57、59-57)。

1人はフルマークながら、残りの二人は2ポイント差。
映像だけ見れば理解できないかもしれない。
しかし、前述の通り…
判定は「無意識の部分に忍び寄る」

ジャッジが前に出る松本に攻勢点を与えても、なんら不思議はない。
フルマークの善戦…この試合を僕はそう呼ぶ。
後楽園で松本に降り注いだ大きな拍手がその証明である。
 
 

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