後楽園に散る 松本 一也(松田)③ ボクシング選手名鑑ピックアップ! 2016/03/09

後楽園に散る 松本 一也(松田)③ ボクシング選手名鑑ピックアップ! 2016/03/09
 
 

「後楽園に差別はない」

これは木村 悠(帝拳)との試合を振り返った松本 一也(松田)の言葉。
 

敵地から乗り込んできた敵役であり、ひたすら前に出続けた敗者である自分に
大きな拍手を注いだ後楽園の観衆に、そう感じたらしい。

試合後の会長に一声かけられる。
「あんな選手押しきれたのに。」

今振り返って考えれば「そんな無茶な…」という思いがあるという。
しかし当時の松本にとっては大きな言葉だった。
 
 

次戦に組まれた試合。
前年の全日本新人王 林 徹磨(セレス)戦。

木村戦に胸を熱くしたのは…観客席だけではなかった。
ずっと松本を見守ってきた会長が、この試合を組み、もう一度松本にチャンスを与えたのである。
 

このタイミングで、松田ジム会長の松田 鉱二にも触れておきたい。

松本の性格…素直で純朴。
それであるが故に、精神的な部分が表に出やすい。
調子に乗りやすく、ムラっ気がある。

彼の戦歴を眺めると、試合間隔が空いている時期がある。
その時期…決まって松本がモチベーションを下げている時期なのである。
選手をしっかりと見守り、モチベーションが上がっている時期にチャンスを与える。

松田 鉱二…世界王者を2人輩出したジムの会長である。
看板選手でもない、ノーランカーの松本の性格を見極め、彼を育てていった。
その方針には、まるでわが子を扱うような厳しさと温かさがあったのは、松本の口ぶりからうかがえる。
 
 

前回の木村同様、林は格上の相手。
会長の言葉通りであれば、木村戦は“押しきれた”相手を押しきれなかった試合。
入ろうとすると恐ろしいほど的確なパンチに襲われた、ただし、倒される怖さはなかった…。
もっともっと出ていれば…。
 

林戦のゴングを待つ松本には、解りやすく見て取れるほどの覚悟があった。

ゴングが鳴るなり距離を詰めにかかる。
そこに技術で勝る林のカウンターが突き刺さっていく。
それでも、ひたすら前に…。

松本も強烈な右フックで相手を跳ね飛ばす…。
しかしその一撃が入るまでの間にいくつものカウンターを刺される。

「相手が嫌がっているのが解った」
自分の選んだ戦いに間違いはない…。
普通なら足が止まるほどの強烈な打撃をいくつも加えられながら…。
前へ…前へ…前へ…
 
 

3R…強烈な右のオーバーハンドをもらったところで、松本の記憶は潰えている。

その後は連打に晒されながら、前のめりにリングに沈み…そしてさらに立ち上がろうとした松本に、
レフリーが試合をストップした…。

見事なKOを決めた林へ注がれたように見える大きな拍手。

しかし、その拍手は会場のボルテージを一気に引き上げた松本に対して沸き上がった物でもあったはずだ。
僕を含め、松本の姿を鮮烈に刻んだファンは少なくないはずだ。
 
 

この試合後、松本は1年9ヶ月のブランクを作る。
2度のチャンスをフイにし、次のチャンスがいつ巡って来るかわからない。
解りやすく言えば、腐っていたのである。

当然、モチベーションの落ちた松本に、会長が試合を組むことはなかった。
 

やっと気持ちが盛り返した1年9ヶ月後は、赤瀬 優介(浜松堀内)との試合。
手足の長い赤瀬に対し、懐に入ることができず、入り際を捌かれての判定負け。
スプリットではあったが、戦った本人の感触的にも妥当な判定負けだった。

そこから7ヶ月後…。
またもや後楽園での試合が決まる。
相手は鈴木 武蔵(帝拳)
のちの日本ランカーである。
 

…この試合で松本の前進を阻んだのは、鈴木の頭だった。
頭が低い鈴木のスタイルに対し、飛び込みざまに頭がカチ合ってしまう。
最終的には両目が腫れあがり、3度目のドクターチェックで試合終了。

結果としては5RTKO。
ヒッティングによる腫れ…となっていたが、写真を見ると
僕には8オンスのグローブで叩かれる腫れ方でないように見えた。
 

これで中日本新人王決勝から5連敗。
さぞモチベーションを下げた…かと思いきや、この試合で松本は一気にモチベーションを上げた。
 

頭が当たったことで詰め切れなかったが、相手は距離を詰められるのを嫌がっていた。
 

自分のボクシングは…通用する!
 

その後、スタイルを微修正。
撃たれないインファイト…を目指し、地元での2試合をKOで連勝。
手ごたえを実感し、4度目の後楽園に挑んでいく。
 
 

相手は大塚 博之(帝拳)
翌年にはランキング入りし、長らくランクをキープした選手。
アマチュアでは60戦以上を経験した東農大出身のエリート。
 

この試合、スピード差で圧倒され、中に入らせてもらえず。
圧倒的な力の差を感じたまま、3RTKOでの敗北。
 
 

通用すると思ったボクシングが通用しなかった…。

もらったチャンスは4度。
いずれもつかみ獲ることができず、大塚戦では手も足も出なかった。
限界を感じてしまった一戦。

この一戦を最後に、彼はリングを去ることを決める。
 
 

それから4年半後、目の前の松本は熱く当時を振り返り…
注文したドリンクバーで口にしたのはわずかに1杯のみ。
吐き出す場所を探していたかのように、当時の自分を一気に話していた。
 

スパーリングで手を合わせた有名選手の話…。
戦った選手と再会したときの話…。
話の内容は多岐にわたり、待ち合わせたファミレスが、昔のバイト先だったことや
昔暮らしていた町が隣町だったことなど…様々な話の中で、試合の話になると目が変わる。

その選手を目の前に浮かべ、その時のコンビネーションの話になると、手が動く。
「こう…パンパンパンと…」
 

松本に意地悪な質問を投げてみた。
「木村選手は松本選手との試合以降に強くなっていった選手ですよね。」
「その通りです。あの頃より断然強い。」

彼のきっぱりとした回答に、申し訳ない思いになった。
そう答えるのはハッキリと解っていたはずだったからだ。

その時の自分と相手の力量差、そして今の力量差を冷静に見ている。
戦った相手の動向や、同僚たちの動きも気にかけている。
それはまさに、現役のボクサーそのものだ。
実は林 徹磨の引退も、彼に教えてもらって初めて知った。
 

「まだやりたい気持ちはありますか?」
「一年半くらい前まではありました…でも今はもう無理です。」

一瞬、彼の表情が揺れたのを僕は見逃していない。
 
 
 

33歳と言う年齢、父となった今、彼はボクサーに戻るつもりは微塵もないだろう。
しかし…心の奥底でリングを求めてしまう。

性格の悪い願いなのは承知だが、彼が年老いて杖をつくようになったとしても、
この質問には同じ表情をしてほしい。

愚直に前に出た、松本。
僕らがリングの外から見ていた松本は、こうじゃなくっちゃ…と。
最後の質問は、前々から聞こうと決めていたが、完全に予想通りの反応で嬉しくなった。

ボクシングが好きでたまらない、どんなに殴られても意識を刈るまで止められない…。
あの時、壮絶にリングに散ってファンの心を震わせた松本 一也は、
やっぱり今も、松本 一也だったのである。
 
 

—————–
 

松本選手…ボクシングをTVやYouTubeだけで見ているファンには簡単に見つけられない選手です。
彼のようなボクサーに心を震わすことができる…。
それはチケットを買って試合を楽しむファンの特権だと思うんですよね。

そして…地元名古屋にいながら、後楽園に通い詰め、地元の素晴らしいボクサーを見逃してきた…。
僕のそんな後悔を煽りたてるのも、松本選手だったりします。
帰り際についつい漏らしてしまいました…。
「もう少し早く知っていれば。」
 

彼は強かった。
前に出続けた心の強さ…。
それは、自分を信じる強さと、周りを信じる強さ。
彼の純粋さが、そのまま心の強さだった。
その強さをリングを降りた今も携えている。

松本というボクサーが強かったのではなく、松本という人間が強かった…
彼と言葉を交わしてみて、そんな風にも感じています。
 
 

これを読んでくれている方、世界戦に挑んで散って行った名ボクサーたちなら
思い浮かぶ選手も多いかと思います。
それはそれはドラマティックで、美しい物語。

しかし、地上波にはなかなか映らないところで、後楽園に挑んで散ったボクサー。
それも負けず劣らず美しいものだったりもします。

また、後楽園でボクシングを見る…それとは違った視点が地方のボクシングには存在します。
地元の選手…見てみるときっと面白い。

彼らが東京に向かうとき、送り出す時の万感の思い…。
それはまた、地元のチケットを買い続けたファンの特権であったりもするわけです。
 
 

ボクシングは綺麗なスポーツではないことも事実です。
中心地と言える米国でも、汚れた話は毎年のように出てきてしまう。
ただし、それでボクシング全てに目をつぶってしまえば…

得られたはずの素晴らしい感動を見落とすことになる。
 

僕にそんな教訓を教えてくれたのは、戦績がイーブンのノーランカーでした。

このシリーズの最初に使った言葉ですが…
感謝を込めて、もう一度言わせて下さい。
 
 

松本 一也は強かった。
 
 

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