悲しき戦い ソット・チタラダ(タイ)④ ボクシング選手名鑑ピックアップ! 2016/05/03
さて…ソット・チタラダ(タイ)の四日目。
天才の名を轟かせたソットが、自らの不摂生で王座を手放してしまったところから。
さて、王座を失ったソット…。
ここであきらめずに、再度世界を獲得しに行きます。
王座陥落後の3戦を全てKOで勝利すると、地元バンコクにキム・ヨンガン(韓)を呼んでのリマッチ。
この試合を際どくスプリットで拾い、2度目の載冠。
初防衛のリコ・シオドラ(比)戦を迎えます。
リーチ、身長では劣るシオドラですが、それを補って余りある強打と、
バネを生かしたハンドスピードと踏み込み速度が特徴的な選手。
ソットのフットワークは相変わらず戻っておらず、体全体の反応速度も遅れ気味。
しかし、1度経験した王座陥落でその辺りの自覚を持ったか、
それまではほとんど使わなかったガードをきっちり使います。
このガードも実は天才ソット・チタラダらしい。
低めの位置にあるガードをパンチが飛んでくる瞬間だけスッと上げる。
手の早さはこの試合でも健在です。
アウトボクシングで回すかと思いきや、しっかり足を止めて撃ち合う場面も多い試合。
シオドラの素早く低い踏み込みに、頭をもらってしまうことも多く、腹にすえかねたか…
クリンチ際に背を向けてしまうシオドラの後頭部を狙ったラビットパンチを何度も繰り出します。
クリーンな展開では無くなった試合、途中シオドラの頭突きに減点が課されます。
カスティーリョ戦の頃のソットであれば、アウトボクシングで完封してしまうイメージの沸く相手。
全盛期のソットには程遠い出来ではありますが、それでも大差判定で初防衛に成功。
続いてのカルロス・サラサール(亜)戦では反応は戻ってきているものの、
やはりフットワークは戻らず、この試合でも撃ち合いに挑んでいきます。
1度目の王座を守っている頃からはかけ離れた展開。
アウトボクシングをするサラサールに対して、追いかけるソット。
結局この試合も大差判定で2度目の防衛。
このシオドラ戦、サラサール戦で面白いのが、撃ち合いの中で見せるトリッキーなフェイント…
仕草が凄くチャン・ジョング(韓)臭い。
これを見ると…あぁ…ジョングとのリマッチを意識してたのかなぁ?なんて思っちゃう。
いつか戦うであろう、自分を破った相手…。
負けた相手でリベンジできていないのは、ジョングだけなわけですし。
さて、3度目の防衛で戦ったのはリチャード・クラーク(ジャマイカ)
バネの効いたハンドスピードは凄まじい。
しかしこの試合、調整がうまくいったのか、ソットの反応が凄まじく鋭敏…
クラークの早いジャブでさえ簡単には被弾しない。
そして信じられないようなモーションの大きな強打から入っていく…全盛期に近いソットがそこにいます。
ハイスピードの攻防となったこの試合、リングにサークルを描くクラークに対して、
佳境に入った10R、ソットはボディを執拗に攻め、クラークの足を止めます。
足が止まり…撃ち合うしかなくなったクラーク。
撃ち合いでは分が悪く…強打をまとめられてしまいます。
そして迎えた11R、クラークが完全に止まってガードを固めるしか無くなったところで、
ガードの隙間へソットの左アッパーが入ると、右のアッパー5連打。
しゃがみ込むようにダウンしたクラークはそのままテンカウント。
ソットの衰えは…肉体的な劣化ではなく、ただの節制不足、練習不足。
継続的なそれは減量苦を招き、調整がうまくいけば”天性”を見せつけるものの、
うまくいかなければ、ソットをソットたらしめる反応速度さえも奪われてしまう。
それはこの頃に顕著になった試合のムラが示していたようです。
そして…4度目の防衛戦。
チャン・ジョング第2戦が実現します。
わずか5戦でジョングの王座に挑んだのが6年半前。
当時は原石だったソット。
その後、チャールズ・アトキンソンに煮詰められたボクシングで世界に名が轟かせ…。
しかし、アトキンソンと別れて、より自由に夜遊びや不摂生を繰り返したソット。
なまじクラーク戦での結果が素晴らしかったことも相まって…。
このジョング戦では、フットワークも、反応も…レジェンドの姿はそこにありません。
かたやジョングも、下肢の衰えは否めず…。
全盛期のジョングは、距離を取る相手には素早く踏み込んで沈め、
撃ち合いには抜群のウィービングと鈍器のような強打で沈め…。
クリンチ際にホールドされようものなら、強引に腕を引き抜きぶんぶん強打を放り込む。
しかしこの試合のジョングは、下半身の強さを失い、クリンチを無理やり引きほどくことができず…。
ソットに絡め取られると、あっという間に膝をつき、プッシングの減点を狙う。
ここには度々見せてきたソットの体幹の強さもある訳ですが…。
ソットの試合でよくあるのが、ダッキングした後、上からのしかかられるようになったとき。
上体を持ち上げる力で、相手を吹っ飛ばしてしまう。
まるで投げられたかのように相手がマットに転がるシーンをよく見ます。
この背筋力が、強いジャブを産み出す元になっているのは言うまでもないんですが…。
この時期になってもその体幹の強さは健在。
3Rにジョングがソットを投げてやろうと組みつくシーンがあるんですが、ソットはびくともしない。
しかしながら、全盛期のジョングだったらどうだったか…。
並みいるボクサーのクリンチを許さなかったのもジョングです。
フットワークが死んだソットは、ジョングの突進を止めることができない。
ジョングはジョングで下肢が衰え、クリンチに逃げるソットを振りほどけない。
試合はクリンチ際での攻防がメインですが、
レフリーが何度も割って入る中で、気持ちがぶつかるインファイトが繰り返される。
並みの世界王者であれば、死闘や熱闘と称賛される試合。
しかし二人はソットとジョング。
この試合にかける期待も大きかったはず。
この試合が語られるときに必ず枕詞として付けられる、「悲しき戦い」。
これは二人が築き上げた伝説によって付けられた…勲章のようなもの。
結果は2-0でソットの防衛。
ソットに振った2者が1P差の接戦でした。
この試合、ソットがフットワークを使ったとして、実は追う展開には滅法強いジョング。
ソットが勝つには下肢の衰えが色濃く影響する、泥試合しか無かったように思います。
まさにこの展開はソットが勝つ為の唯一無二の方法だったのかもしれません。
試合終了のゴングが鳴ったとき、ソットから拳を差し出し、ジョングと健闘をたたえ合う。
こんなソットは後にも先にもこの試合だけ。
最悪のコンディションだったソット。
きっと遊び癖は抜けていなかったのでしょう。
どちらにせよ特別な一戦だったはずのジョング戦を不摂生で台無しにしてしまったソットの心の弱さ。
それも、もちろん見方としては正しいとは思います。
しかしそれでも、試合開始のゴングが鳴った後のソットは、
出来うる限りを尽くした試合だった…そんな風に感じます。
悲しき戦い…数々の武器を失ったレジェンド同士がぶつかり合った死闘でもあった訳です。
ディテールも含めてこの試合は…決して陳腐ではない。
重みのある一戦です。
次戦となった5度目の防衛戦。
相手はムアンチャイ・キティカセム(タイ)
「悲しき戦い」…ジョングとの一戦の評判が影響したか。
1R開始のゴングが鳴ると…、全盛期のようにフットワークを使うソット。
華麗なステップを繰り返し、わずか数センチで相手のパンチをかわして撃ち込む…。
ソットのイメージはそんな全盛期の姿。
しかし…長年蓄積させた不摂生からの衰えは、わずか0コンマ数秒のズレを産む。
イメージ通りに動かない体…。
避けれていたはずの強打を、モロに食らうシーンが何度も訪れ、1Rからスタンディングダウン。
3Rからはステップを封印するものの…ジャブの刺し合いで負けてしまう。
ソットをソットたらしめた、フットワーク、ジャブ、反応…。
全てが無くなってしまっているのです。
5Rにはキャンバスに手をつくダウンを奪われ、6Rには連打をもらってレフリーストップ。
この試合、コンディションは悪くなかったように思います。
ただただ、これまでの積み重ねが、ソットを錆びつかせていた。
その後、格下相手に3連勝を刻み、ムアンチャイに再度挑むも、やはり結果は同じ。
9RTKOで敗れて、ソットはリングを去ることとなります。
最後の相手のムアンチャイは、ソットから王座を奪った後、ジョングにも痛烈な逆転KOで引導を渡し、
そしてこの再戦で、ソットへも引導を渡した。
次の時代の主役…勇利 アルバチャコフ(協栄)にベルトを譲るまで王座をしっかり守り抜くことになるります。
このジョング、ソットの時代をきっちり終わらせ、次世代のレジェンドにその座を奪われた、
言わば時代と時代の橋渡し役。
彼の雄姿もまた、軽量級の歴史に残るにふさわしいものだったと思われます。
全盛期のジョングに善戦した世界初挑戦。
名匠クーヨを従えたガブリエル・ベルナル(メキシコ)を破って奪った王座。
英国の人気ボクサー チャーリー・マグリ(英)を完膚なきまでに葬った初防衛。
ベルナルとの再戦を引分防衛でクリア。
ソットの原石時代というべき時代…充分過ぎる程の名ボクサー。
熾烈なサバイバルを生き残った活火山、フレディ・カスティーヨ(メキシコ)
ベルナルとのラバーマッチ
韓国王者のアン・リーキィ(韓)
チャールズ・アトキンソンに師事し、これらを圧倒的に沈めてレジェンドへと昇華。
そして下降線に入りながらもなお、
日本のホープ神代 英明(グリーンツダ)を破り、
キム・ヨンガンと1勝1敗。
超のつく強打者のリコ・シオドラ
技巧派のカルロス・サラサール
ハイスピードのリチャード・クラーク
かつてのレジェンド、チャン・ジョングとの再戦。
不摂生で衰えながらもこれだけの相手を破り続けている。
彼を語るとき、スーパーボクサーであると同時に、
怠惰に溺れて消えたボクサーというイメージが付きまといます。
それはもちろん事実であると同時に、衰えながらも強かった…それもまた事実。
しかし、後期の彼を強かったと言うわけにはいかない…。
なぜならば、彼はレジェンド…ソット・チタラダだから。
ソット・チタラダを見続けたファンのそういった思いは、
ピーク時に見せた、リングを舞い踊るソットを見れば、痛いほど理解できたりもします。
ソットがファンの胸を焦がした大きすぎた夢は、きっと彼を見た全ての人たちの胸に、
未だ強く刻まれていることでしょう。
天才は…人間だった。
そんな哀愁の名ボクサー、ソット・チタラダのピックアップは…ここまで!
また、明後日。
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