辻本 英守(Hidemori Tsujimoto)

辻本 英守(Hidemori Tsujimoto)(大星)
 
 

本名:辻本 英守
生年月日:1944年4月29日
国籍:日本
戦績:68戦44勝(22KO)20敗4分
 
 

【獲得タイトル】
第16代日本ライト級王座
 
 

【戦歴】
1962/02/24 ●4R判定 (採点不明) 瓊田 盟(九州)
1962/04/26 ●4R判定 (採点不明) 浜石 徳夫(大真)
1962/06/01 ○1RKO 林 好成(興和)
1962/07/14 ○4R判定 (採点不明) 八木 閲雄(中平)
1962/07/24 △4R判定 (採点不明) 白波瀬 和寿(平安)
1962/09/19 ○4R判定 (採点不明) 山中 祐(伊丹)
1962/10/11 ○4RKO 佐藤 正光(三鷹)
1962/10/26 ○4R判定 (採点不明) 大重 広志(オール)
1962/11/10 ○1RKO 金子 広吉(京洛)

■1962年度西日本バンタム級新人王予選
1962/11/24 ●4R判定 (採点不明) 坂井 幹雄(大拳)
※西日本新人王敗退

1963/01/07 ○2RKO 平田 輝雄(中外)
1963/01/27 ●4R判定 (採点不明) 津川 勝(オール)
1963/05/28 △4R判定 (採点不明) 佐藤 正明(東邦)
1963/06/08 ○4R判定 (採点不明) 君島 五郎(中村)
1963/06/25 ●4R判定 (採点不明) 庄司 武宏(エバラ)
1963/07/30 ○6R判定 (採点不明) 岡島 弘一(エバラ)
1963/09/17 ○6R判定 (採点不明) 畑井 一男(東邦)
1963/10/15 ●6R判定 (採点不明) 山本 幸一(日東)
1963/11/09 ○6R判定 (採点不明) 庄子 武宏(エバラ)
1963/12/17 ○1RTKO 岡島 弘一(エバラ)
1964/01/14 ○8R判定 (採点不明) 松本 邦宏(神戸)
1964/02/25 ○8R判定 (採点不明) 村上 忠輝(野口)
1964/03/23 ●8R判定 (採点不明) 福地 英雄(帝拳)
1964/04/28 ○6R判定 (採点不明) 佐藤 輝八郎(船橋)
1964/08/16 ○6R判定 (採点不明) 玉山 吉雄(神戸)
1964/09/10 ●10R判定 0-3(43-49、43-40、43-50) 高田 安信(極東)
1964/10/12 ○6R判定 (採点不明) 西田 三郎(平安)
1964/12/31 ○6R判定 (採点不明) 安武 良一(極東)
1965/03/06 ○8R判定 (採点不明) 斉藤 英二郎(興伸)
1965/04/25 △10R判定 1-1(45-46、46-46、47-46) 岡野 耕司(草加金平)
1965/05/20 ●10R判定 0-3(46-49、46-49、47-49) 沼田 義明(極東)
1965/08/14 ●5RTKO ヤング・テロール(比)
1965/12/12 ○10RTKO ルーベン・アリディドン(比)
1966/03/25 ○10R判定 (採点不明) 筑波 裕二(鈴木)

■日本ライト級王座決定戦
1966/07/24 ●10R判定 0-2(47-49、49-49、47-48) 三上 富士男(三鷹)
※日本ライト級王座挑戦

1967/03/05 ○10R判定 3-0(50-43、50-44、50-43) 益子 勇治(東拳)
1967/06/08 ○4RKO キム・ファナム(韓)
1967/08/17 ○4RKO ノームキッド・ラングフォード(豪)
1967/10/26 ○9RKO ドニー・テソリオ(比)
1967/11/23 ○4RKO ソ・キジン(韓)
1968/02/19 ○10R判定 3-0(50-45、50-45、50-44) 中山 哲雄(リキ)
1968/03/28 ○9RKO ジェシー・ネセサリオ(比)
1968/04/25 ○7RKO ベビー・カシアス(比)

■OBF東洋(OPBF東洋太平洋)ライト級タイトルマッチ
1968/06/07 ●12R判定 0-3(49-60、52-59、47-60) ペドロ・アデグ(比)
OBF東洋(OPBF東洋太平洋)ライト級王座挑戦

1968/08/01 ○5RKO フリスコ・モンテマイヤー(比)

■日本ライト級タイトルマッチ
1968/10/17 △10R判定 1-0(47-47、47-47、48-46) 染谷 彰久(野口)
※日本ライト級王座挑戦

1968/12/19 ●10R判定 0-3(42-50、42-50、43-50) カルロス・テオ・クルス(ドミニカ共和国)
1969/01/09 ○10R判定 3-0(48-43、49-42、48-42) ファントム 小川(東海)
1969/03/13 ○5RKO 市原 功(青木)
1969/04/10 ○9RKO チョ・ヨンチョル(韓)
1969/06/05 ○10R判定 3-0(50-42、49-44、49-43) ベルナルド・マグノ(比)

■日本ライト級王座決定戦
1969/10/02 ○5RKO 虎岩 純(野口)
※日本ライト級王座獲得

1969/11/06 ○4RKO 城谷 佳人(石橋)

■日本ライト級タイトルマッチ
1970/01/21 ●10R判定 0-3(47-49、47-50、47-48) 高山 将孝(ピストン堀口)
※日本ライト級王座陥落

1970/03/19 ○10R判定 3-0(49-47、49-45、50-46) ライオン・サン(韓)
1970/06/27 ○2RKO 阿蘇 行憲(勝又)
1970/08/08 ●9R棄権 エディ・パーキンス(米)
1974/10/11 ○8RKO 新井 和治(帝拳)
1974/11/17 ○10R判定 3-0(50-43、50-44、50-45) 渡辺 猛(セキ)
1975/01/13 ○10R判定 (採点不明) 柳川 昭一(中日)
1975/05/01 ○10RKO アラブ・スガ(京浜川崎)
1975/10/12 ●8R判定 (採点不明) 鈴木 三尋(国際)
1976/01/16 ●10R判定 1-2(48-50、46-50、49-48) 鈴木 三尋(国際)
1976/04/15 ○4RKO 吉永 正美(平石)
1976/05/26 ●10R判定 (採点不明) 白鳥 和徳(中日)
1976/09/24 ○9RKO 串木野 光夫(宮崎ワールド)
1977/04/11 ●8RKO 小野 稔(新日本宇都宮)
1977/11/26 ●8RKO ピーター 南木(神林)
 
 

【補足情報】
・奈良県生駒郡片桐町(現:大和郡山市)出身。
・弟は日本ウェルター級王者、江坂ジム会長の辻本 章次(ヨネクラ)
・奈良県奈良市で土産物店を営む家庭に生まれた。母はナギナタ選手、姉は
 陸上選手。高校2年の時友人に誘われ大星ジムへ入門。高校を中退し、競艇場で
 働きながらボクシングを続けたが、一層の上昇を期して1963年4月会長に無断で上京、
 リキジムへ入った。力道山会長は大星ジムから預かるという形にして練習させた。力道山の
 不慮の死の後、一時大星ジムへ戻ったが、沼田 義明に敗れたのを機に極東ジムへ
 預けられる形となり、沼田の良きパートナーとして行動を共にした。沼田曰く
 「一発のパンチは無いけど、良いボクシングをしてたよ。試合もしたし、スパーは
  しょっちゅう。でも辻本くん、早くに亡くなったんだよね…。」。
・カシアス・クレイ(モハメド・アリ(米)を尊敬し、トランクス、シューズ、ガウンも白色、
 ファイトスタイルも似通い“和製クレイ”と称された。身長は172㎝だったがリーチに
 恵まれた左で距離を計り、右のフック、ストレート、アッパーを武器に、ロープに詰めての
 連打が得意だった。当時16連勝中の岡野 耕司と引分け、日本ライト級王者の染谷 彰久に
 挑んだ一戦では終盤KO寸前まで追い込み、勝利を確信しながら引き分けに終わるなど、
 「大魚を逸する」試合が多かった。エディ・パーキンスに敗れて引退状態にあったが、
 4年後にカムバックし、一時は日本ウェルター級2位にランクされた。
 
 

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 コメントいただけますと幸いです。
 
 

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