115秒の奪還ロード 大森 雄貴(三津山) ボクシング選手名鑑ピックアップ! 2018/09/11
昨年の中日本バンタム級新人王トーナメント。
名もなきデビュー戦の選手がリングに立つ。
大森 雄貴(三津山)
協栄ジムでアマチュアボクサーとしてリングに立った父を持つ。
本命不在とも思われたバンタム級をかき回し、2017年中日本新人王の台風の目となった男である。
僕が桐林 迅児(HEIWA)を本命に推した2017年のバンタム級。
まずは準々決勝で、ヤノ ジョン(駿河男児)が桐林を激闘の末に打ち破り、準決勝にコマを進める。
大森も準々決勝からの登場、相手は室田 桂秀(畑中)。
デビュー戦のリングでは、長い距離を制しながら、距離が詰まったところのラッシュで室田を沈めた。
静岡勢対決となった準決勝。
カウンターの奪い合いとなった二人の対決。
フレーム差の中で飛び込んできたヤノに右を合わせ、前のめりのKO劇を魅せた。
デビュー戦の前情報なしから2試合を勝ち上がっての決勝進出。
その姿は「颯爽」という言葉が何より似合う。
まだまだディフェンスに難はあるが、長い距離で主導権を握り、相手が近づけば切って落とす。
スマートさを漂わせるリングの姿は2017年の中日本新人王トーナメントで、
最も輝きを放った一人だっただろうと思う。
決勝戦、対抗ブロックを勝ち上がってきたのはサウスポーの高井 一憲(中日)。
大森とは対照的に、不器用さが目立つボクサー。
3度目の新人王エントリーとなる高井…
不器用な反面、固い拳を武器に時間をかけてその力を伸ばしてきた選手。
強烈な一撃を振り抜いて決勝へ上がってきた。
準決勝で高井の拳に沈んだ荒川 高志(緑)は、「左が見えなかった…」と語っている。
決勝戦…危ない場面はあったものの、フットワークで高井を制する大森。
3Rまで試合を有利に進め、試合終了まであと2分程に迫ったところだった。
ポイントリードされながらも、必死に”その”ポジションを求めていた高井がついにその場所に立つ。
高井の足運びは独特だ…決して軽快ではない、不器用さが残るフットワーク。
試合を通じて、自分の快心の一撃を撃ち込む場所を探し続ける。
そして…オーソドックスから見えない角度の一撃で、決定的なダメージを与えて試合を制する。
3Rと1分間…その場所を探し続けた高井が…ついにその場所に立ってしまった。
振り抜かれた一撃で、大森はリングに沈む。
立ち上がったことが奇跡とも思えるほどの大ダメージ。
試合は再開されるが…成すすべなく撃たれ、レフリーが割って入る。
残り、わずか115秒。
中日本新人王の肩書は、大森の手中からこぼれた。
4カ月の時間を置き、再起戦に挑んだ大森。
相手は加賀 聖也(タキザワ)。
既に4回戦で4勝を刻み、B級(6回戦)昇格の資格を持つ格上選手。
ベストウェイトはバンタムよりわずかに上。
あまりにも深い懐を持つサウスポーで、その力はこの位置にとどまっているのが不思議なほどの実力者。
怪我とも付き合いながら、わずか1敗で4つの勝ち星を刻んでいる。
2017年の新人王、エントリーしていたが、怪我による棄権で不参加となった。
エントリー時点で僕が本命と押していた選手。
加賀がエントリーしなかったことで、バンタム級は本命不在となった印象がある。
そんな加賀不在の波乱のトーナメントをかき回した大森。
本命候補だった男と、本命不在の中で現れたニューヒーローの構図。
このカードに沸き立つ思いは大きかった。
1R、深過ぎるくらいに深い加賀の懐に、大森のパンチはほとんど届かない。
思い切って飛び込めば、加賀の前の手のフックが襲う。
加賀に最初の3分間を完璧に支配されてまう。
短い短い4Rの試合、勝負は早めに仕掛けるのが鉄則。
2Rに入ると、大森はリスクを犯して突貫する。
しかし、大森が懐に入ったと思った瞬間、絡み合ったお互いの体。
加賀はヌルっと上体柔らかく大森の体の力を受け流し、大森のバランスが崩れる。
そこに強烈な左フックが突き刺さる。
致命的なダウン…これで大森は倒す以外になくなった。
再開後、強引に仕掛けてアタックする大森だが…。
左目上から大量に出血…ヒッティングによるカットとしてドクターチェックが入ると、試合は即止まった。
カットによるTKO負け…意識がはっきりしたまま黒星が付く…。
仕方ないと解っていても、当人にとっては強く悔しさが残る形。
内容としても、加賀の強さばかり目立った試合。
この試合後、加賀は勝利者インタビューで引退を宣言。
ケガによるものだったと聞く。
彼もまた、最後のリングに賭けていた。
中日本と言う、小さな範囲の中で、彼の戦いぶりを見た者だけが知る…
「強い」加賀は、大森への勝利を最後にリングを去って行く。
颯爽と登場したスタートとは裏腹に、連敗を喫した形になった大森。
敗れた相手が、高井と加賀…という実力者たちだったことは、
現地の試合を見ていないファンには伝わらないだろう。
はた目から見れば、戦績イーブン…期待選手にはとても見えない戦績となった。
「新人王を勝ち上がるしかないだろう…」
見る側としてのこちらの思いに同調するように、2018年の新人王にもエントリーした大森。
2度目の新人王は準決勝で水上 翔太(カシミ)との組み合わせとなった。
水上はインターハイや全国選抜への出場経験もある2戦2勝の選手。
間違いなく優しい相手ではないだろうが…ここを勝ち抜けば…
そんな矢先、水上が新人王を棄権。
連戦となっていく新人王トーナメントで、ダメージを残さずに次戦に進めることは幸運ではある。
しかし…連敗中の大森にとって、再起の星を挙げぬまま、決勝に進むことに不安を覚えた。
迎えた8月5日。
中日本新人王決勝の舞台。
相手は青柳 冴亮(浜松堀内)。
デビュー戦で今年の新人王にエントリー。
しかし、青柳の相手となるハズだった桐林 迅児(HEIWA)が棄権。
2018年度の中日本バンタム級新人王は両者とも不戦勝で決勝進出となった。
大森との対戦がデビュー戦となった青柳。
リングインの際にはガチガチに緊張したような面持ちだった。
動きの固い青柳に対して、1Rを制した大森。
固い中でもカウンターセンスを光らせる青柳。
この試合、2R以降で大森が魅せたのは…「徹底」。
リスクを確実に排除し、危険を冒すことなく12分間を乗り切る。
決して色気を出すことなく、足を使い…勝利にこだわる。
キャリア初の判定勝利で、中日本新人王を獲得した。
この12分間だけ切り取れば、この日の興行で、最も山場がなかった試合だろう。
デビュー戦の青柳を、徹底して封じ込み、リスクをほとんど犯さなかった大森。
その背景に、1年前の同じリングで、中日本新人王まであとわずかに迫りながら獲り逃した姿が浮かぶ…。
丸一年に及ぶ遠回りが勝負に徹することのできる大森を創ったようにも感じた。
残りたった115秒で、1年もの月日を消化した大森。
人は失敗し、反省し、学ぶ。
1年前のような、解りやすい鮮烈な輝きを放った試合ではなかった。
しかし…この1年が大森を確実に強くしたと感じる。
今年の中日本新人王の中では、勝負の重たさを誰よりも知る男。
颯爽とリングに登場したあの日の魅力を失ったわけではない。
そこにエッセンスが加わっただけ…局面に応じて、
より勝ちの確率を高める選択をしていくだろうと感じる。
今年の中日本新人王戦決勝の試合の大森しか見たことのない人であれば
もしかすると伝わらないかもしれない。
でも、ここではっきりと言っておきたい。
大森 雄貴は全日本新人王、有力候補の一人だ。
間違いなく、その力を、持ち合わせた選手である。
115秒で失った1年があるからこそ。
そして…それを奪還した男だからこそ。
既に分厚い物語を携える4回戦ボクサー…大森 雄貴。
その物語に各地の新人王を飲み込んでいく章が加わることを願う。
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