死んでもいい 篤 弘將(三津山)⑥ ボクシング選手名鑑ピックアップ! 2017/08/29
篤 弘將(三津山)のピックアップ6日目。
前回は、この後怒涛の連勝街道を走ることとなる高橋 慎弥(岐阜ヨコゼキ)のデビュー戦を
篤が制したところまで。
戦績を勝ち越しの状況へ戻した篤。
ここで中日本新人王にエントリーする。
2006年度のフライ級中日本新人王予選。
組まれたトーナメントの1回戦…
相手は名門、松田ジムで3戦3勝(2KO)。
サウスポーの松本 一也(松田)。
両雄がぶつかったのはこのタイミング。
情報がない状態ながら、松本のスタイルをボクサータイプと予想した篤陣営。
その予想は180℃裏切られることになるのだが…そんなことを知る由もない篤。
同ジムのサウスポーでボクサースタイルのススム 浅沼(三津山)とスパーリングを重ねる。
しかし…どうしてもサウスポーとの相性が悪く、スパーリングがストップされることも。
連日重ねるスパーリング…。
自身のサウスポー対策以外にも、宮城 ユウヤ(三津山)、飯田 大介(三津山)などのランカー達や、
フェザー級の尾形 謙一(三津山)など…。
格上、体格上の選手たちとのスパーが続き…
体は疲弊、恐怖心はさらに高まり、またサウスポー対策は突破口が見つからず…。
気が付けばスパーリングは100R/月を超える…。
勝つ自信は全くなく、ただひたすらに肉体と精神を削がれた状態で試合が近付いてくる。
渦巻く恐怖は次第に巨大化していく。
恐怖心が最大まで高まった状態で迎えた試合前日。
計量を終えた後…
「明日はこの世にはいないかもしれない」
名城 信男(六島)と戦いリングで命を失った田中 聖二(金沢)が頭をよぎる。
好きなものを食べ、気を紛らわすように早めの就寝。
翌日、試合会場の控室で出番を待つ篤。
緊張感に包まれた三津山ジムでは、ジムメイト同士で仲よく…なんてことは一切なく、
ただ強くなる為にそれぞれが努力を重ねていた。
しかし、試合前の控室では、そんな選手たちが仲良く会話することも多かったという。
それぞれが、これまでの努力を賭けて挑むリング。
緊張を紛らわすような会話が繰り返され…
しかしそんなお喋りも、試合が近づくにつれ少なくなっていく。
ほとんどの選手が次第に無口になり、顔が強張り…
そして、ピリピリとした空気を放ちながら…自分の出番になるとリングに向かう。
そして、さっきまで話してた仲間が失神KOされたり、ボコボコに顔を腫らせて帰って来る。
さらに緊張と恐怖は高まり…
4回戦の進行はせわしない。
前の試合が終わればあっという間に次の試合が始まる。
逃げたくても逃げれない。
やりたくない。
怖い。死にたくない。
サウスポー対策のできてない篤にとって、リングはまるで猛獣の住む檻のよう。
対するは“ボクサースタイル”の松本 一也。
恐怖から来る緊張で足が攣ったままのリングイン。
1Rのゴングが打ち鳴らされる。
サウスポー松本がどう出てくるか…。
生きて帰る為に…どうすればいいのか…。
頭の中で何度も繰り返し再生し、そして打破する術の見つからなかったサウスポー。
「生きて帰る為に…」
一気に集中力を高める篤。
しかし、松本の姿は、頭の中とは全く違った。
いきなり出てくる松本…。
篤が想定していたボクサータイプの松本はそこにはおらず…。
元々猛烈な手数で勝負するスタミナボクサーの松本は、
アウェイでの試合ということもあり、KO決着を狙って好戦的に飛び出してきたのである。
苦手のサウスポー…足を使われれば形成は不利。
篤に残された選択肢はたった一つ。
強烈なパンチを浴びながら…撃ち合うこと。
この撃ち合いを避ければ、一方的にやられてしまうかもしれない…。
足を使われてしまえば…苦手のサウスポー…勝つ術はない。
わずか数秒でそう判断した篤。
ガードをする暇を惜しむように…お互いに思い切り力を込めたパンチをぶつけ合う。
まるでそれは、ボクシングという競技が錬り込まれる前の原点だったころ。
純粋な殴り合いが展開されていく…。
篤の拳に伝わる手ごたえは充分…。
松本の顔面を強烈に捉えるアッパー、ボディにめり込む拳…。
スパーリングではこれほどの手ごたえがあれば、相手は倒れてきた…。
しかし、松本は構わず撃ち返してくる。
左フックが当たるときの松本は…とにかく手が止まらない。
松本のパンチも幾度も幾度も篤の顔面を襲う。
篤の耳には観衆の歓声も、レフリーの声も、セコンドの大声も遠くに聞こえる。
相手の息遣いだけが誇張されたように鼓膜に響く…
命のやり取りの中で、生きている人間が必死に息を荒げて殴りかかってくる呼吸音。
一方、松本の耳には、歓声が全く聞こえていなかったという。
自分の応援に来た人間の応援の声だけが耳に響いた。
その後に試合を思い返し、なぜあんなに静かだったんだろう…と思うほど。
両者はまったく同じような感覚の中で、ただひたすらに殴り合う。
相手を殴りつける為に、毎日毎日体を鍛え上げてきた篤…
しかし、それは相手も同じこと。
自分も相手も、殴ることのプロ…そんな男たちが自身の顔面を体を痛めつけ合う。
「逃げれば…一方的に殴られる」
信じられないことにこの試合は最終ラウンドまで続いていく。
お互いの拳を、ただただメリ込ませ合う。
1R、2Rは全く譲らない展開ながら、ポイントは若干篤についていたよう。
2Rが終わったインターバルで、松本の耳に囁かれた言葉。
「角度つけて撃ってみぃ。」
その言葉通り、松本が3Rから角度をつけて撃ち込み出すと、
これまで以上の手ごたえが…しかし、篤は怯まずに撃ち返してくる。
4Rにさらに試合の流れが変わる。
松本の強打が入り、膝を落としてしまう篤。
「クリンチで逃げよう…」
いつもならそう思う局面…。
様々な思いが篤の頭を駆け巡る。
デビュー戦以降、さいなまれ続けた恐怖。
疲弊を重ねたスパーリング。
苦しい減量…。
解放されたいと思いながらも…ボクシングを辞めたら何にも残らない。
でも…
篤は、この局面を連打で撃ち返し、押し返す。
徹底的に撃ち合うことを選択した篤。
そのスタイルは…恐怖を体に刻み込まれる前の、篤弘將本来のスタイル。
「これで最後にしよう…だから…死んでもいい」
このとき、篤はリングを去る決意を固める。
関係者が大声で叫ぶ。
「危険な試合です!レフリーはよく見てください!」
「何故倒れない?」と思えるほどの手ごたえあるパンチを撃ち込み、
根こそぎ意識を持って行かれそうなパンチをもらう。
夢中になって殴り、殴られ…二人だけの空間の中でお互いの荒い息を聞きながら、
最後の戦いに全力を傾ける。
ここで突然レフリーが割って入る。
松本はレフリーがスタンディングダウンをとったと思ったが…
一向に始まらないカウント…
レフリーが止めたのは、篤のマブタの出血。
松本も篤もこの時にようやくリングを染める鮮血に気付く。
試合は最終のゴングが鳴る前に終了。
結果はバッティングによる負傷判定。
松本は一瞬TKO勝利だと思ったという。
頭が当たった記憶がない。
しかし…頭が当たらなかった確証もない。
頭の衝突にさえ気付けないほどの両者の殴り合い。
篤にとっても、松本にとっても、負けた実感はない。
…読み上げられる判定。
40-38
39-38
39-38
以上、3-0。
勝者…松本 一也。
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