木村翔の奇跡と英雄との別れ(コラム) ボクシング選手名鑑ピックアップ! 2017/08/05

木村翔の奇跡と英雄との別れ(コラム) ボクシング選手名鑑ピックアップ! 2017/08/05
 
 

木村 翔(青木)が世界王者になった。
中国の英雄であり五輪2大会連続金メダリストのゾウ・シミン(中)をTKOに下した。
 

シミンの金メダルは日本の誇る金メダリスト村田 諒太(帝拳)とは全く立ち位置が違う。
幾人かいる有力選手の中の一人から金メダリストへ駆け上がった村田とは違い、
世界のトップでい続け、ド本命として力を見せつけて金メダリストになったのがシミン。

まぎれもないアマの最高峰だった男である。
 

プロ転向時点で、アマで活躍した全盛の頃の輝きは失っていた。
スタイルは”プロ仕様”として大きく変化し、衰えも顕著…
それを培った経験と技術でごまかしてのプロのリング。

世界初挑戦では同じく、衰えをごまかしながら戦っていたベテランのアムナット・ルエンロエン(タイ)に敗北。

しかし、わずか2試合で立て直し、フアン・フランシスコ・エストラーダ(メキシコ)の王座返上に伴ってできた空席を
クワンピチット・13・リエン・エクスプレス(タイ)と争って、フルマークに下しての王座獲得。
 

中国という大市場のボクシング開拓…
その主役になるに充分な実績を誇る、中国の英雄。
彼の道のりは巨大なバックアップとともにあり、王座獲得まで比較的恵まれたルートを歩んだと言えるだろう。

実力が世界王者の肩書に沿うのか…その疑問は常にあった。
しかし…木村挑戦が決定したとき、湧きあがったのは「無謀な挑戦」の言葉。

WBOアジア太平洋王座を獲得して世界ランク入りを決めた木村だったが、それまでは全くの無名。
王座獲得でわずかに名前が挙がるようになったが、その後も彼は一部の人間だけが知る選手だった。
無名=強くない…そんな先入観はよくある話。

でも、よくよく考えてほしい。
元々どれだけ強かったとしても、叩きあげは最初は無名…
出世試合と言われる試合に勝って初めてその名前が浮上する。
 

「木村は無理だと思う。でも信じる。」
僕自身こんなことを言っていた。
木村というボクサーをほとんど知らないにも関わらず…。
まったくの赤っ恥である。
 

試合では、判定を捨て、ボディを積み重ねた木村。
後半訪れたビッグチャンス…そこを逃さず仕留めきった。

年齢をいくら重ねようと、技術と経験は衰えない。
アマ時代に回帰したような、高い”技術のボクシング”で、さばきにさばいたシミン。
待ち受けてふるうフックにも威力はあった。

そこでは太刀打ちしようがない状況に、そこでは勝負せず…
ボディで攻めることで、年齢によって衰えるシミンの体力をさらに削り取り、勝ちを呼び込んだ。

「これしかない」という作戦を最初から最後まで信じて、その通りの結果を導き出した。
倒せなければ負け…並みの選手なら、試合中に不安が訪れることもあるだろう。
作戦を疑うこともあるだろう…その瞬間、乱れを引き起こし、つかめたはずの勝利はスルリとこぼれ落ちる。
そんな試合をいくつも見てきた。

絶対に勝てる…信じて貫き通した結果…。
敵地でその国の英雄をリングに沈める、歴史に残る大アップセットを引き起こした。
映像を見ながら、そんな印象を受ける。

試合後、その大殊勲はネットニュースでも大きく報じられた。
それと同時に、ゾウ・シミンの強さに対する疑問の声があがる。
そして、木村がたいしたことない…なんて声も。
 

正直腹が立った。
シミンが衰えていることなんか、最初から解っていたこと。
それでも老獪なテクニックを持つシミンに勝つことを、木村は”絶対”無理だと言われたのだ。

敵地での王座奪取。
金メダリストの中国の英雄を撃破。
WBOアジア太平洋王者からの初の日本人世界王者…。

彼の功績を称える言葉は数々ある。
 

しかし、僕が最も大きいと思えるのは、ファンの”絶対”を覆したことだと思う。
凄まじいマニアたちからも、木村が勝つと言う声は全く聞こえてこなかった。
もしかしたら、日本人の海を越えた挑戦に、木村勝利を信じたのは
ごくわずかな人々だけだったかもしれない。

僕自身、本音では無理だと思ってしまっていた。
 

木村は…全てをひっくり返した。

ネット上で木村をたいしたことないと言う論調で語った人々は
もし木村が短命王者で終わったとして「やっぱり」と言うのだろうか。
もし木村が長期政権を築いたとしたら、相手をよく見もせず「挑戦者が弱い」と言うのだろうか。
どちらにせよ、奇跡の大殊勲を置き去りに…。

こんな杞憂は徒労に終わってほしい。
 

両手の拳で全てをひっくり返す…
僕はそんなボクサーをいつも待っている。

木村が見せた奇跡は、僕がボクシングを見ている理由そのもの。
これがあるから…圧倒的不利だと思われる試合でも熱くなれる。
全ての試合に希望を持って、1Rのゴングを聞ける。
 
 

話が逸れるが、木村が奇跡を起こした日。
内山 高志(ワタナベ)三浦 隆司(帝拳)という英雄がリングを去った。
 

オールドタイマーのマニアたちは、古い試合を、その頃の時代背景やボクシング情勢とともに語る。
その語り口は、ただの知識披露とは全く違う輝きを放つ。
聞く側はのめり込むようにその話に引き込まれて行く。
 

木村が奇跡を起こした日、二人の英雄がリングを去った。
その日が延々と語り継がれることを願う。
 

年老いた自分が、その語り部となれているならば…
僕の”ボクシングファン人生”は成功と言えるかもしれない。
 
 
 

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