2019/06/30 -パールガーデン TopStar興行Ⅰ- (中日本ボクシング観戦記番外編) ボクシング選手名鑑ピックアップ!
1922年5月7日(5月20日とされることもある)、日本で最初のボクシング興行が行われたとされる。
ただし、これはボクサー同士を戦わせる興行として初…という意味になる。
純拳闘試合と謳われたものだ。
実はそれまでも興行は行われており、それはボクサーと柔道家を戦わせる異種格闘技戦のようなもの。
こちらの方の人気が高く、史上初の純拳闘試合は成果を上げれず、大失敗となる。
同年、純拳闘試合の成功もないまま、最初の日本王者が産まれた。
荻野 貞行(日倶)と横山 金三郎(日倶)の二名。
王座決定戦の対戦相手を募集したが、誰も訪れずに認定で王者になった。
今でこそ、世界でも有数の管理体制と歴史を併せ持つナショナル王座と
言える日本王座だが、スタートはこんなものである。
日本王座が現在の地位を占めるようになったのは、その後の戦いで積み重ねられたものである。
最初に王座という箱が用意され中身が埋められていったのだ。
この日、大阪でフリーボクサーの団体であるTOP STARが初めての興行を行う。
そこにはWORLD BOXING KINGDOM ASIA TITTLE(WBKアジア王座)がかけられている。
また、得体のしれないタイトルを作って…
そんなボクシングマニアの声が聞こえてきそうである。
しかし、今でこそ「崇高」な日本王座でも、最初は誰にも相手にされないものだったのだ。
彼らTOP STARも、新たなベルトも、草創期にあたる。
この日、彼らの草創期が始まる。
誰かが作った価値を受け継ぐのではなく、価値を創造する。
あまりにも壮大な彼らのチャレンジがそこにある。
朝5:30初の電車に乗り込み、鈍行列車に揺られる。
なかなか時間がとれない普段の生活の中で、
読み損ねているボクシングの資料などを読み漁るのにちょうどいい。
浮いた特急列車の代金分を貯めて、激励賞やスポンサー料にすることもできる。
最近の遠征は鈍行列車移動でケチ臭く…がお気に入りだ。
Twitterに目を落とすとこの日出場する森定 哲也(天勝)の言葉が目についた。
「フリーがよく思われてないことは知ってるけど、
ボクシングが好きでまた戦える場所を探した。それだけです。」
所属ジムとの軋轢から、JBCのリングで戦う場所を失った全日本新人王、森定の率直な言葉だ。
彼は24歳、まだまだ戦える年齢だ。
彼一人の存在だけでも、この日行われる興行には”意味”や”意義”がある。
この日の会場のオープンは15:30。
大阪難波駅への到着は11:15。
早めに大阪入りし、いったん地下鉄に乗り込み、住之江公園駅へ向かう。
住ノ江区民センターで行われる親父ファイトの観戦が目的だ。
普段良くしていただいている知人が、この日のリングに上がる。
中日本では親父ファイトはプロの試合の前座として行われることが多く、
親父ファイト単独興行の観戦は初めての事。
そのリングに上がる選手の為に、幟を作ったり、Tシャツを作ったり。
身内たちがそのリングを熱く応援している。
「身内しか面白くない」
塩試合と言われる試合に向けられる批判的な言葉だが、
裏を返せば身内になれば面白いと言う事。
選手の身内たちが一生懸命にリングに上がる親父を応援する姿に、
「こういう楽しみ方をすればすべての試合が面白くなる。」
そんな事を再認識させられる。
会場の「身内たち」は自分の身近な選手たちに熱い応援を注ぐ。
ここにはファンの見本のような人たちが大勢いる。
知り合いの試合が近づく…。
彼が緊張しているのが手に取るようにわかる。
自分も緊張しまくってしまう。
試合前、かける言葉も会話も、何をどうしていいかもわからない。
勝ち負けより、ケガしないで欲しい、無事にリングを降りてほしい。
そんな思いの方が上回る。
やがて…その知り合いがリングに上がっていく。
緊張と心配で胸が押しつぶされそうになる。
ゴングが鳴る…まだ硬いか、押し込まれるシーンが目立つ中、
一旦守って立て直すと、キレッキレのジャブを突き刺していき、綺麗に右に繋げる。
そのまま次のコンビネーションにも繋げてスタンディングダウン。
次のラウンドでももう一つダウンを追加し、最後はTKO勝利。
久々に会場で飛び上がって喜んだ。
ヘッドギアを外すと、その内側に隠れていた満面の笑みが現れる。
最高に嬉しい…最高にカッコいい…
選手への思い入れはリングに上がるファイターを魅力で包み込む。
彼はこれまで見たどんなプロボクサーよりもカッコよく見えた。
僕のアイドル、フェリックス・トリニダード(プエルトリコ)でさえ敵わない。
この先の試合も観戦したい思いに駆られる中、急ぎ足で会場を発つ。
この日の天気は暴風雨が予想されていた。
早め早めに行動しないと心配だ。
傘が何度も裏返ってしまう中、徒歩10分程の道のりを歩いて駅に戻る。
地下鉄で大阪難波駅に戻って、TOP STAR興行がある心斎橋のパールガーデンまで歩く。
開場する10分前には外に多くの人が溜まっている。
意外にも多くの知り合いに出くわした。
フリーに対する風当たりの強さを感じていたこともあって、
まさか知っている人たちに会うとは思っておらず驚いた。
談笑しているうちに開場時間、中に入るとパイプ椅子増設の真っ最中。
この日、自身も試合に出場する中村 優也(TOP STAR)が忙しく動きまわっている。
初めての興行…なにかとやることが多く、かなり大変そうだ。
しかも試合会場は、開場とともに満員。
身動きさえ取れないような状況…。
結婚式場をボクシング会場として使用したTOP STAR興行。
明らかにキャパシティが耐えられない盛況ぶり。
開始予定の15:00を過ぎてもイベントは始まらない…裏方はきっと相当大変な状況なんだろう。
15:30になってようやくイベントが開始される。
この日出場する全選手がスポットライトの下で紹介される。
スモークが焚かれる豪華な演出…この日デビューの選手まで大事な商品として扱われる。
4回戦は恵まれなくて当たり前…のような感覚がここに存在しないことが感じ取れる。
立派なプロとして演出されている。
ようやく試合が開始されるかと思ったら今度はエキシビジョンが始まる。
これは長い…、開場とともに入った立ち見、既に一時間半が経過…
おじさんの体力が持つのか心配になる。
周りを見渡すと、JBC興行と比較して客層が一回り若く感じる。
ターゲットを絞る気だろうか。
これまでのJBC興行に馴染んだファンには、
新設王座やフリーの舞台、派手な演出は毛嫌いするファンもいる。
しかし、そんなファン層は長丁場の興行には耐えれないだろう中年以上の年齢層。
自分自身34歳だが、ボクシング会場に行くと若いと言われてしまうのである。
意図してか意図せずか、ボクシング界が長く苦しみ、選手個人のスター性に依存してしか
開拓できなかった新規層の開拓に向かっているようにさえ感じる。
そんな事を考えながら眺めていたエキシビジョンは白熱した内容。
がっつりの打撃戦に疲れも忘れて見入ってしまう。
試合に魅力さえあれば、他は付随品。
それもまた事実だ。
そうして16:00を迎えるころ、ようやく第一試合のゴングが鳴らされる。
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