フェニックス 谷口(Phoenix Taniguchi)(平和)
本名:谷口 末雄
生年月日:1951年8月8日
国籍:日本
戦績:34戦14勝(7KO)17敗3分
【獲得タイトル】
1975年度中日本ライトフライ級新人王
【戦歴】
1975/07/04 ●4R判定 (採点不明) 大府 勇(大府)
1975/09/16 ○2RKO 春日井 靖夫(中日)
■1975年度中日本ライトフライ級新人王決勝
1975/11/08 ○6R判定 (採点不明) 宇都宮 弘義(北陸石丸)
※中日本新人王獲得
■1975年度中日本・西部日本ライトフライ級新人王対抗戦
1975/11/22 △6R判定 (採点不明) 的場 政夫(福岡中央)
■1975年度全日本ライトフライ級新人王西軍代表決定戦
1976/02/03 ●6R判定 (採点不明) 清川 恩弘(大阪帝拳)
※全日本新人王敗退
1976/04/14 ○4R判定 (採点不明) 西田 春義(松田)
1976/07/20 ●6R判定 (採点不明) 吉山 修(大鵬)
1976/10/01 ○6R判定 (採点不明) 佐藤 豊(中外)
1977/02/08 ○8R判定 (採点不明) 吉山 修(大鵬)
1977/03/26 ○10R判定 (採点不明) 清川 恩弘(大阪帝拳)
■日本ライトフライ級タイトルマッチ
1977/12/03 ●10R判定 0-3(42-50、41-50、43-50) 天龍 数典(東洋)
※日本ライトフライ級王座挑戦
1978/03/18 ○10R判定 (採点不明) 近藤 幸光(緑)
1978/05/02 ○6RKO 清川 恩弘(大阪帝拳)
1978/06/22 △10R判定 0-1(47-47、47-47、47-48) 玉城 和昌(東洋)
■日本ライトフライ級タイトルマッチ
1978/08/25 ●10R判定 0-3(43-49、44-48、44-49) 天龍 数典(東洋)
※日本ライトフライ級王座挑戦
1978/11/04 ●10R判定 (採点不明) 七社 虎行(オサム)
1979/02/20 ○5RKO 内田 幹雄(親和)
1979/05/07 ○7RKO 湯口 恵介(角海老)
1979/06/05 △8R判定 0-1(37-37、37-37、37-38) 春日井 健(協栄河合)
1979/07/11 ●10R判定 0-3(45-49、42-50、47-49) 伊波 政春(協栄河合)
1979/09/27 ●7RKO 友利 正(三迫)
1980/02/19 ●6RKO 石井 幸喜(SB川口)
1980/03/26 ○8R判定 (採点不明) 河上 勤(京拳)
1980/05/03 ●8R判定 (採点不明) キム・グァンソプ(韓)
1980/07/01 ○10RKO 湯口 恵介(角海老)
1980/11/12 ●9RKO 渡嘉敷 勝男(協栄)
■日本ライトフライ級タイトルマッチ
1981/05/24 ●10R判定 0-3(97-100、97-100、96-100) 伊波 政春(協栄河合)
※日本ライトフライ級王座挑戦
1981/07/14 ●3RKO 多田 浩幸(協栄)
1981/09/20 ●10R判定 (採点不明) キム・ソンナム(韓)
1981/10/30 ○3RKO 高木 信二(広島三栄)
1982/01/09 ○8RTKO 中山 隆(角海老)
1982/02/22 ●10RKO ロード 満(OM森岡)
1982/06/29 ●7RKO ロード 満(OM森岡)
1982/09/06 ●3RKO キョウエイ・トーレス(協栄)
【補足情報】
・宮崎県串間市出身。
・本名の谷口 末雄でデビューし、近藤 幸光戦よりフェニックス 谷口のリングネームとなった。
・中日本対西部ライトフライ級新人王対抗戦として行われた的場 政夫戦では
引分けながら規定による勝者扱いで勝ち抜けている。
・引退後、知多市で麺処兼居酒屋「浜木綿」を経営していたが、病気で入院し、
2008/12/31に閉店。日向亭てる坊の名で落語を演ずることもある。
・フェニックスは宮崎の県木、「浜木綿」は県花、芸名は「日向亭」、
故郷を愛する人柄が偲ばれる。
※当ブログでは情報を求めています。
誤った情報追記すべき内容等ありましたら精査の上反映させていただきますので
コメントいただけますと幸いです。
コメント