ガッツ 石松(Guts Ishimatsu)

ガッツ 石松(Guts Ishimatsu)(ヨネクラ)

 

本名:鈴木 有二
生年月日:1949年6月5日
国籍:日本
戦績:51戦31勝(17KO)14敗6分

 

【獲得タイトル】
1968年度全日本ライト級新人王
第19代OBF東洋(OPBF東洋太平洋前身)ライト級王座
第12代WBC世界ライト級王座

 

【戦歴】
1966/12/11 ○1RKO 藤原 正夫(ピストン堀口)
1967/01/15 ○1RKO 市川 陽一(晴海)
1967/02/12 ○4R判定 (採点不明) 藤田 昭夫(笹崎)
1967/03/05 ○3RKO 木村 徹(笹崎)
1967/05/17 ●4R判定 (採点不明) 加川 肇(中村)
1967/06/12 △4R判定 (採点不明) 加川 肇(中村)
1967/08/09 ●1RKO 村林 桂次(木村)

■1967年度東日本ライト級新人王予選
1967/10/06 ●4R判定 (採点不明) 八代 一男(田辺)
※東日本新人王敗退

1967/11/08 ○1RKO 中村 忠男(笹崎)
1967/12/05 ○4R判定 (採点不明) 岡本 哲一(協栄)
1968/01/17 ○3RKO 菊本 春夫(リキ)
1968/01/31 ○4R判定 (採点不明) 新口 寿郎(笹崎)
1968/04/02 ○2RKO 中本 昇(オギクボ)
1968/06/15 ●4R判定 (採点不明) 乙丸 幸一(木村)
1968/07/15 △4R判定 (採点不明) 駒瀬 仁(川口)
1968/10/13 ○1RKO 二宮 恒久(笹崎)

■1968年度東日本ライト級新人王準決勝
1968/11/17 ○1RKO 弓 真(不二)
※東日本新人王獲得(次戦対戦相手棄権)

■1968年度全日本ライト級新人王決定戦
1969/02/03 ○2RKO 山本 強(リキ金谷)
※全日本ライト級新人王獲得

1969/03/03 △8R判定 (採点不明) 菊本 春夫(リキ)
1969/05/05 △8R判定 (採点不明) 駒瀬 仁(川口)
1969/07/23 ●8R判定 (採点不明) 椎谷 勲(石川)
1969/09/10 ○8R判定 (採点不明) 菊本 春夫(中村)
1969/10/09 ○10R判定 (採点不明) 伊達 健七郎(木村)
1969/12/10 ○6RKO 市原 功(青木)
1970/01/25 ○10R判定 3-0(49-45、49-45、49-46) ジャガー 柿沢(中村)

■WBA/WBC世界ライト級タイトルマッチ
1970/06/06 ●13RTKO イスマエル・ラグナ(パナマ)
※WBA世界ライト級王座挑戦
※WBC世界ライト級王座挑戦

1970/08/26 ○10R判定 3-0(49-44、49-44、47-46) イ・ジョンボク(韓)
1970/10/10 ●10R判定 0-3(47-49、43-50、43-49) ライオネル・ローズ(豪)
1970/10/29 ●10R判定 0-2(46-48、47-47、46-47) レネ・バリエントス(比)

■日本ライト級タイトルマッチ
1971/03/03 △10R判定 1-1(47-48、48-48、48-47) 高山 将孝(ピストン堀口)
※日本ライト級王座挑戦

1971/04/07 ○10R判定 3-0(50-43、50-42、50-42) 駒瀬 仁(SB日東)
1971/06/04 ○4RTKO マルセリオ・クチロン(比)
1971/08/13 ●8RKO 門田 新一(三迫)
1971/12/04 ●10R判定 (採点不明) イ・チャンギル(韓)

■OBF東洋(OPBF東洋太平洋前身)ライト級タイトルマッチ
1972/01/16 ○12R判定 3-0(58-51、58-56、58-56) 門田 新一(三迫)
※OBF東洋(OPBF東洋太平洋前身)ライト級王座獲得

1972/04/06 ○10R判定 3-0(50-46、49-47、49-46) 村上 広行(極東)

■OBF東洋(OPBF東洋太平洋前身)ライト級タイトルマッチ
1972/05/19 ○12R判定 3-0(60-52、59-57、59-56) ルディ・ゴンザレス(比)
※OBF東洋(OPBF東洋太平洋前身)ライト級王座防衛①

1972/12/18 ○1RKO 岩田 健二(金子)

■OBF東洋(OPBF東洋太平洋前身)ライト級タイトルマッチ
1973/04/23 ○12R判定 3-0(60-54、58-52、59-55) フレッド・パスター(比)
※OBF東洋(OPBF東洋太平洋前身)ライト級王座防衛②

1973/07/30 ○3RKO 殿岡 広(鈴木)

■WBA世界ライト級タイトルマッチ
1973/09/08 ●10RTKO ロベルト・デュラン(パナマ)
※WBA世界ライト級王座挑戦

1974/02/28 ○4RKO ジニー・クルス(比)

■WBC世界ライト級タイトルマッチ
1974/04/11 ○8RKO ロドルフォ・ゴンサレス(メキシコ)
※WBC世界ライト級王座獲得

■WBC世界ライト級タイトルマッチ
1974/09/12 △15R判定 1-1(74-73、72-72、71-74) アルトゥーロ・ピネーダ(メキシコ)
※WBC世界ライト級王座防衛①

■WBC世界ライト級タイトルマッチ
1974/11/28 ○12RKO ロドルフォ・ゴンサレス(メキシコ)
※WBC世界ライト級王座防衛②

■WBC世界ライト級タイトルマッチ
1975/02/27 ○15R判定 3-0(144-142、145-144、149-141) ケン・ブキャナン(英)
※WBC世界ライト級王座防衛③

■WBC世界ライト級タイトルマッチ
1975/06/05 ○15R判定 3-0(148-144、148-147、148-145) アルトゥーロ・ピネーダ(メキシコ)
※WBC世界ライト級王座防衛④

■WBC世界ライト級タイトルマッチ
1975/12/04 ○14RKO アルバロ・ロハス(コスタリカ)
※WBC世界ライト級王座防衛⑤

■WBC世界ライト級タイトルマッチ
1976/05/08 ●15R判定 0-3(139-149、135-150、137-150) エステバン・デ・ヘスス(プエルトリコ)
※WBC世界ライト級王座陥落

■WBC世界スーパーライト級タイトルマッチ
1977/04/02 ●6RKO セーンサック・ムアンスリン(タイ)
※WBC世界スーパーライト級王座挑戦

1978/06/20 ●10R判定 0-2(47-49、46-48、48-48) 新井 容日(大星)

 

【補足情報】
・トレーナーはエディ・タウンゼント(米)
・リングネームは二宮 恒久戦までが本名、その後、ロベルト・デュラン戦までは鈴木 石松。
 それ以降ガッツ石松へ変更している。
・当時、現役の東洋ライト級王者だったジャガー柿沢の世界前哨戦の対戦相手として対戦し
 勝利。世界初挑戦を叶えた。
・東洋ライト級王者時代に8人を相手にした乱闘事件を起こし逮捕されている(のちに
 正当防衛が認められ釈放)。事情聴取では「チャンピオンは“いついかなる時でも誰の挑戦でも
 受けなければならない”と賞状に書いてある」と供述。
・引退後はタレント、ボクシング解説者、企業経営者等、幅広く活動。

 

※当ブログでは情報を求めています。
 誤った情報、追記すべき内容等ありましたら精査の上反映させていただきますので
 コメントいただけますと幸いです。

 

索引に戻る
索引-か-に戻る
索引-G-に戻る

 

 

コメント

  1. 林 博造 より:

    ガッツ石松のリングネームは 二宮恒久戦までが本名、その後、ロベルト・デュラン戦までは

    鈴木石松 それ以降 ガッツ石松 とあるが、デュランの戦績欄にはガッツ石松とあります。

    また2月6日の産経新聞に本人のコメントとして < 42年6月の6戦目から私は「鈴木石松」

    を名乗るようになりました。> とありますがどちらが正しいのでしょうか。

  2. chamuyo より:

    林 博造 さん
     この欄に時々コメントをしているものです。【補足情報】にある
    ・リングネームは二宮 恒久戦までが本名、その後、ロベルト・デュラン戦までは鈴木 石松。
     それ以降ガッツ石松へ変更している。
     
    で正しいと思います。後程もう少し説明いたします。

  3. chamuyo より:

    林 博造 さん
    以下、少しくどい説明になるかもしれませんが…。

    ①デビュー戦から二宮 恒久戦までが本名 
     ・当時の専門誌(プロレス&ボクシング、ザ・ボクシング誌)によれば、対戦相手の記録は、すべて「鈴木有二」です。
     ・1968年度ボクシング年鑑の鈴木石松(NPヨネクラ)の項に 「鈴木有二を43.11.11 改名」とあります。
     ・サンケイ新聞の記事については、「16戦目」を「6戦目」と聞き間違えた、あるいは
    書き間違えたと推測しますがどうでしょうか。

    ② ロベルト・デュラン戦時は「ガッツ石松」か「鈴木石松」か?
     ・ボクシング広報1973年12月号(12月10日発行)に「リング名 鈴木石松はガッツ石松に」とあります。日付はありません。
     ・ボクシングマガジン 1973年11月号 「パナマのダブルタイトルマッチ取材記」に「根本重光、鈴木石松の両選手はいずれも無残なKO 負けを喫した。」との記事があります。
     ・ボクシングマガジン 1973年12月号の「男(ガイ) その4 鈴木石松」の記事があります。
    ・ボクシングマガジン 1974年1月号の「イラスト予想」の記事に「心機一転、鈴木石松がリングネームを“ガッツ石松”と改め…」とあります。
    ・同じ1月号の記事「チャンピオンの近況」、「ガゼット・レーティングス 1月31日現在」は依然「鈴木石松」のままですね。

    ③「デュランの戦績欄にはガッツ石松とあります。」
     ・この選手名鑑はBOXRECを参照しています。BOXRECはリングネームを最終戦のリングネームに統一していますね。ですからデビュー戦から最終戦まですべて「ガッツ石松」と記載されています。そのためではないでしょうか。デュランの戦歴のうち、この試合は「鈴木石松」に修正したいですね。

  4. seki より:

    お二方、反応遅れてしまい申し訳ありません。

    chamuyoさん

    詳しくありがとうございます。

    ロベルト・デュラン戦のガッツ石松表記はご推察の通り、
    BoxRecを参照していることで発生していました。
    現在は個別に修正することも多いのですが、ガッツ石松のページ、ロベルト・デュランのページ共に、選手名鑑が開始されてすぐの時期に作成されたものであったため、
    個別修正ができていなかったのが経緯になります。

    他にもこういった掲載が存在することは認識しているのですが、
    いずれ修正しようと思いながらも手が回らずにいるのが現状です。

    林 博造さん
    ご指摘いただきありがとうございました。
    修正のきっかけを与えて貰わないとなかなか修正できない状況となっています。
    教えていただいてありがたく思います。

    先ほど、修正を完了いたしました。
    またお気づきの点がございましたらお知らせいただけますと幸いです。

タイトルとURLをコピーしました