ハリケーン・テル(Hurricane Teru)

ハリケーン・テル(Hurricane Teru)(誠和石川)

 

本名:照喜名 俊三
生年月日:1952年2月3日
国籍:日本
戦績:51戦35勝(15KO)13敗3分

 

【獲得タイトル】
第34代日本バンタム級王座
第36代日本バンタム級王座

 

【戦歴】
1970/09/23 ○4R判定 (採点不明) 西沢 俊明(不二)
1970/10/16 △4R判定 (採点不明) ジョージ 溝尾(ヤジマ)
1970/11/15 ○4R判定 (採点不明) 政井 広之(埼玉中央)
1970/12/30 ○4RKO 根本 博(日倶)
1971/01/28 ○4R判定 (採点不明) ジョージ 溝尾(ヤジマ)
1971/03/05 ○2RKO 伊藤 四郎(木村)
1971/03/20 ○4R判定 (採点不明) 永島 政広(AO)
1971/04/16 ○4R判定 (採点不明) 井上 進(ヨネクラ)
1971/06/04 △6R判定 (採点不明) 小林 政一(鈴木)
1971/08/05 ○6R判定 (採点不明) 谷口 重雄(木村)
1971/09/09 ●6R判定 (採点不明) 平川 譲一(鈴木)
1971/10/14 ○5RKO 本間 栄(ベア)
1971/11/04 ●6R判定 (採点不明) 平川 譲一(鈴木)
1972/01/06 ○6R判定 (採点不明) 上原 茂紀(金子)
1972/03/23 ○6R判定 (採点不明) 吉田 松志(ピストン堀口)
1972/04/14 ○4RTKO 細川 光昭(セキ)
1972/05/11 ○8R判定 (採点不明) 平川 譲一(鈴木)
1972/06/27 ○8R判定 (採点不明) 竹内 邦夫(草加協栄)
1972/09/15 ○7RKO 東城 拓(金子)
1972/10/19 ●10R判定 0-3(47-48、47-49、46-48) 内山 真太郎(船橋)
1972/12/14 ●10R判定 (採点不明) 竹内 邦夫(草加協栄)
1973/02/20 ○8R判定 (採点不明) 深沢 重信(鈴木)
1973/05/20 ○8R判定 (採点不明) 佐久川 正次(東洋)
1973/06/26 ○9RKO 福村 貞夫(横須賀)
1973/08/26 ○10R判定 (採点不明) 水野 久巳(ミカド)
1973/11/23 ●10R判定 0-3(45-47、45-48、45-47) 三船 豪(草加有沢)
1974/01/20 ●10R判定 0-2(47-48、49-49、46-47) 三船 豪(草加有沢)
1976/12/14 ○6R判定 (採点不明) 留岡 偲(金子)
1977/02/15 ○5RKO 北垣 一弘(帝拳)
1977/05/08 △10R判定 (採点不明) 井 誠志(墨東)
1977/07/05 ●10R判定 0-3(45-50、46-50、46-50) 村田 英次郎(金子)
1977/09/13 ○10R判定 (採点不明) 川口 高生(SB川口)
1977/11/24 ●10R判定 (採点不明) 磯上 秀一(辰東)
1978/01/04 ○6RKO 林田 宇一郎(新日本サイトー)
1978/11/26 ○7RKO 田中 風太郎(オザキ)
1979/01/09 ○10R判定 (採点不明) 神馬 進(島本)
1979/03/11 ○10R判定 3-0(48-44、48-42、47-44) 佐藤 一美(進光)
1979/05/24 ○4RKO 山本 勝(新日本木村)

■日本バンタム級タイトルマッチ
1979/07/16 ○2RKO 阿南 弘生(小島)
※日本バンタム級王座獲得

■日本バンタム級タイトルマッチ
1979/10/05 ○10R判定 3-0(100-92、100-94、99-94) 阿南 弘生(小島)
※日本バンタム級王座防衛①

■日本バンタム級タイトルマッチ
1980/01/28 ●10R判定 0-3(94-98、95-97、94-97) 石垣 仁(ヨネクラ)
※日本バンタム級王座陥落

■日本バンタム級タイトルマッチ
1980/05/03 ○9RKO 石垣 仁(ヨネクラ)
※日本バンタム級王座獲得

■日本バンタム級タイトルマッチ
1980/08/17 ○4RKO 丘 勇治(協栄河合)
※日本バンタム級王座防衛①

1980/10/21 ○3RKO 新鬼 丈(広島三栄)

■日本バンタム級タイトルマッチ
1980/12/16 ○1RKO 磯上 修一(辰東)
※日本バンタム級王座防衛②

■日本バンタム級タイトルマッチ
1981/03/15 ○10R判定 3-0(100-90、100-92、100-93) 丘 勇治(協栄河合)
※日本バンタム級王座防衛③

■日本バンタム級タイトルマッチ
1981/05/28 ○10R判定 3-0(99-96、100-96、100-93) 大橋 克行(協栄河合)
※日本バンタム級王座防衛④(のちに返上)

■WBC世界バンタム級タイトルマッチ
1981/09/22 ●15RKO ルペ・ピントール(メキシコ)
※WBC世界バンタム級王座挑戦

■日本バンタム級タイトルマッチ
1982/01/28 ●10R判定 0-3(98-99、96-98、96-98) 磯上 修一(辰東)
※日本バンタム級王座挑戦

1982/06/03 ●4RKO フランシスコ・ベヒネス(メキシコ)

■日本バンタム級タイトルマッチ
1982/11/16 ●10R判定 1-2(97-96、98-99、98-99) 磯上 修一(辰東)
※日本バンタム級王座挑戦

 

【補足情報】
・大分県直入郡に生まれたが、7歳の時、父の出身地沖縄県那覇市へ移住。
・アマチュア戦績:14勝3敗。沖縄工業高校3年の時ボクシング部の部長を務めた。しかし
 部員の死亡事故により部が解散。
・本名でデビューし、留岡 偲戦からハリケーン・テルとして活躍。留岡 偲戦のリングネームを
 ハリケーン 照喜納とするものもある。ルペ・ピントール戦よりハリケーン 照としてリングに
 上がり、フランシスコ・ベヒネス戦から再びハリケーン・テルとして活動した。ハリケーンは
 米国で冤罪事件で逮捕されたボクサー、ルービン・カーター(米)の異名に由来する。また、
 所属ジムはデビュー時は石川ジム、名称変更により田中 風太郎戦から誠和石川ジム所属と
 なっている。
・1974/01/20の三船 豪戦から1976/12/14の留岡 偲戦までの2年11か月間は
 持病の腰痛が悪化したため、現役のボクサーをあきらめ、トレーナーとして後輩の面倒を見た。
 また、1978年4月にはアルコール好きが昂じて急性肝炎となり3か月の入院、
 7か月の空白期間を作った。
・2014/01/17没。

 

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コメントいただけますと幸いです。

 

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