ソクラテス・バトト(Socrates Batoto)

ソクラテス・バトト(Socrates Batoto)(比)

 

本名:不明
生年月日:1949年10月22日
国籍:比
戦績:34戦20勝(8KO)13敗1分

 

【獲得タイトル】
GAB比国フライ級王座
第10代OBF東洋(OPBF東洋太平洋前身)フライ級王座

 

【戦歴】
1968/12/06 △6R判定 (採点不明) 竹内 正彦(リキイシケン)
1969/05/23 ○8R判定 2-1(採点不明) オ・ウンモ(韓)
1969/06/10 ○6R判定 (採点不明) オ・ウンモ(韓)
1969/07/10 ○4R判定 (採点不明) オ・ウンモ(韓)
1969/08/08 ○5RTKO 若山 道生(水戸)
1969/08/29 ○8R判定 (採点不明) 和田 詔司(三鷹)
1970/07/25 ○8R判定 (採点不明) デビッド・アスンシオン(比)
1970/10/15 ●10R判定 (採点不明) 酒井 正信(大阪帝拳)
1971/02/14 ○7RKO イシドロ・ビセラ(比)
1971/05/28 ○10R判定 (採点不明) ロミオ・エネシオ(比)
1971/06/25 ●10R判定 0-2(47-47、45-46、44-48) ヘンリー・ニッセン(豪)

■GAB比国フライ級王座決定戦
1971/10/05 ○12R判定 (採点不明) セシル・エスコビド(比)
※GAB比国フライ級王座獲得

■GAB比国フライ級タイトルマッチ
1972/01/28 ○12R判定 (採点不明) カタリノ・フローレス(米)
※GAB比国フライ級王座防衛①(のちに返上)

1972/03/18 ○2RKO エンリケ・トーレス(パナマ)
1972/04/15 ○10R判定 3-0(採点不明) ロレンソ・グティエレス(メキシコ)

■WBC世界フライ級タイトルマッチ
1972/06/03 ●4RKO ベトゥリオ・ゴンサレス(ベネズエラ)
※WBC世界フライ級王座挑戦

1973/01/26 ○3RTKO 竹内 正彦(野口)

■OBF東洋(OPBF東洋太平洋前身)フライ級王座決定戦
1973/11/19 ○12R判定 3-0(60-52、59-52、58-54) 高田 次郎(協栄河合)
※OBF東洋(OPBF東洋太平洋前身)フライ級王座獲得

1974/04/26 ○4RTKO 加藤 憲治(帝拳)

■OBF東洋(OPBF東洋太平洋前身)フライ級タイトルマッチ
1974/06/01 ○9RKO 下里 賢一(東洋)
※OBF東洋(OPBF東洋太平洋前身)フライ級王座防衛①(のちに返上)

1974/07/20 ●6RKO ホルヘ・ルハン(パナマ)
1974/11/15 ○6RTKO 江田 智春(ミカド)
1975/02/13 ○10R判定 3-0(50-47、49-46、49-47) ビーバー 梶本(松田)

■WBA世界バンタム級タイトルマッチ
1975/12/06 ●2RKO アルフォンソ・サモラ(メキシコ)
※WBA世界バンタム級王座挑戦

1976/02/13 ○10R判定 (採点不明) アントニオ・フエンテス(メキシコ)
1976/03/13 ●10R判定 (採点不明) クリス・キッド・ドラミニ(南ア)
1976/07/15 ●3RKO アントニオ・ベセラ(メキシコ)
1976/08/10 ○9RKO ホセ・アンヘル・カサレス(メキシコ)
1976/09/17 ●10R判定 (採点不明) ラウル・ティラド(メキシコ)
1976/12/03 ●6RTKO ロベルト・ルバルディーノ(メキシコ)
1977/01/17 ●10R判定 (採点不明) ベビー・キッド・チョコレート(米)
1977/04/23 ●2RKO ロベルト・ルバルディーノ(メキシコ)
1978/04/23 ●2RKO アルベルト・サンドバル(米)
1978/08/29 ●3RKO ロベルト・ルバルディーノ(メキシコ)

 

【補足情報】
・比国出身。
・日本語表記ではソクラテス・パトトと表記されているものもある。
・のちにWBA世界バンタム級王者となるホルヘ・ルハンと対戦し、6RKOで敗れている。

 

※当ブログでは情報を求めています。
 誤った情報、追記すべき内容等ありましたら精査の上反映させていただきますので
 コメントいただけますと幸いです。

 

索引に戻る
索引-そ-に戻る
索引-S-に戻る

 

 

コメント

  1. chamuyo より:

     ソクラテス・バトト vs ビーバー梶本の試合、名古屋市体育館 勤務を早めに抜け出し、車を駆って前座の第1試合3ラウンドから観戦しました。当日のチケットを見ると5:30開始、8:30 終了予定とあります。一般席(2階)¥2,000 でした。
     バトトは世界バンタム級6位、梶本は日本フライ級1位 世界バンタム級挑戦者決定戦と銘打たれています。今も印象に残っているシーンと言えば、第6ラウンド、「前に出ていく梶本、前のめりにダウン、右アッパーがカウンターになったか、すぐゴング」とメモしています。あのタフで知られる梶本がダウンするとは! 信じられない思いでした。スコアは3-0とはいえ僅差の(50-47,49-46,49-47)でした。5R中盤に見せた素早いパンチの攻勢が梶本のポイントだったようです。
     名古屋市体育館は今もあるようですが、ボクシング会場として使用されたのはごくわずかな期間だったようですね。
     47年前の試合の思い出でした。

      

タイトルとURLをコピーしました