木元 茂(Shigeru Kimoto)

木元 茂(Shigeru Kimoto)(草加丸山)

 

本名:不明
生年月日:1942年10月15日
国籍:日本
戦績:32戦14勝(6KO)15敗3分

 

【獲得タイトル】
1963年度東日本ミドル級新人王

 

【戦歴】
1963/05/14 ○2RTKO 小張 琳造(オギクボ)
1963/06/13 △4R判定 (採点不明) 赤坂 義昭(暁)
1963/07/09 ●3RTKO 石田 賢治(リキ)
1963/08/20 ●4R判定 (採点不明) 黒羽 辰男(リキ)
1963/09/16 ●4R判定 (採点不明) 赤坂 義昭(暁)
1963/12/08 ○4R判定 (採点不明) 本田 農夫生(革新)

■1963年度東日本ミドル級新人王決勝
1963/12/23 ○6R判定 (採点不明) 赤坂 義昭(暁)
※東日本新人王獲得

■1963年度全日本ミドル級新人王決定戦
1964/01/27 ●3RKO 藤田 洋光(塚原)
※全日本新人王敗退

1964/03/02 ○6R判定 (採点不明) 介川 力(帝拳)
1964/05/07 △2R負傷判定 (採点不明) 藤山 和登(暁)
1964/05/27 ○8R判定 (採点不明) 佐藤 靖男(リキ)
1964/06/20 ○8R判定 (採点不明) 赤坂 義昭(暁)
1964/08/08 ○5RKO 養老 忠男(笹崎)
1964/09/20 ○3RKO 松永 彰夫(青木)
1964/10/24 ○3RTKO 藤山 和登(暁)
1964/12/06 ●1RKO 海津 文雄(笹崎)
1965/02/09 ●2RKO 松永 彰夫(青木)
1965/07/04 △8R判定 (採点不明) 佐竹 正雄(日東)
1965/08/15 ○3RTKO 介川 力(帝拳)
1965/09/12 ○8R判定 (採点不明) 藤山 和登(暁)
1965/10/04 ○8R判定 (採点不明) 溝口 宗男(リキ)
1965/11/28 ●8R判定 (採点不明) 吉田 邦男(不二)
1966/01/20 ●8R判定 (採点不明) 溝口 宗男(リキ)
1966/03/06 ●1RKO 中野 勝也(笹崎)
1966/06/27 ●10R判定 (採点不明) 赤坂 義昭(暁)
1966/09/05 ○2RKO 松永 彰夫(青木)
1966/11/24 ●8R判定 (採点不明) ベンケイ 藤倉(ミカド)
1967/01/04 ●4RKO 佐藤 靖男(リキ)
1967/05/27 ●3R棄権 イ・クムテク(韓)
1967/07/24 ●6RKO 成田 正勝(総武)
1969/02/10 ○8R判定 (採点不明) 藤山 和登(タナカ)
1969/04/06 ●1RKO 内藤 純一(船橋) 

 

【補足情報】
・東京都港区汐留出身。
・金平所属としてデビュー、藤田 洋光戦より協栄金平所属、赤坂 義昭5戦目より
 草加協栄所属となっている。藤山 和登4戦目より草加丸山所属。
・白川 茂としてデビューし、藤山 和登4戦目より木元 茂として戦っている。
・BoxRecではページが「Shigeru Shirakawa」と「Shigeru Kimoto」に分かれており、
 合わせて31戦分の掲載となっている。
・のちにOBF東洋(OPBF東洋太平洋前身)スーパーウェルター級王者となる溝口 宗男と
 二度対戦し、1勝1敗となっている。

 

※当ブログでは情報を求めています。
 誤った情報、追記すべき内容等ありましたら精査の上反映させていただきますので
 コメントいただけますと幸いです。

 

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コメント

  1. もなかひめ より:

    白川選手、「白川茂」としての1967年7月24日のラストファイトの後、リングネームを「木元茂」、所属ジムを「草加丸山」に換えて、1969年にカムバックしていたことが分かりました(^x^)

    木元茂としての戦績は、

    1969/2/10 藤山和登(タナカ) 8R判定勝ち 後楽園ホール
    1969/4/6 内藤純一(船橋) 1R1分27秒KO負け 蔵前国技館

    後のカシアス内藤選手との1戦は、小林弘vsアントニオ・アマヤの世界戦のセミとして行われています。

    1970年以降の状況は調査中。

    泉猛選手でも経験しましたが、リングネームも所属ジムも替えて、1年以上もブランクがあると余程の事がないと継続性が分かりませんね。今回は別の選手を調べていてたまたま発見できたので良かったですが、こんな事例が他にもまだまだあるのだろうなあ。選手発掘作業、もはやエンドレス(^x^)

  2. seki より:

    もなかひめさん

    こんばんわ。
    早速修正させてもらいました。
    これが見つかるのが凄いですよね。
    気付かないのが普通なのかもしれません…でもその分、見つかると嬉しいですよね。
    やっぱりテンション上がっちゃいました。

    ほんと、いつもいつもありがとうございます。

    • chamuyo より:

      もなかひめ様、SEKI様

       今年もよろしくお願いいたします。ノートには白川(木元)の記録を記入していたのですが、ここを拝見するまで全く気付きませんでした。

       藤山和登戦もあの斎藤勝男vs池田耕二の前座でしたね。メインの斎藤―池田戦は、ダウンまたダウン、テレビ観戦ながら大興奮のすごい試合でした。最終10Rの3:00がKOタイム、平沢雪村翁はテレビ上のタイム表示が2:59だから3:00ではないと主張していますが…。手崎レフェリーの最終ダウンの処置をめぐって大もめにもなりました

      1962,3,4年度年鑑には以下の情報があります。

      ・東京都足立区出身  ・足立学院卒業  ・177㎝  ・有沢商店勤務
      ・1963年の戦績 7戦3勝(1KO)3敗1分

       1970年度年鑑には以下の情報があります。

      ・戦績 32戦14勝(6KO)15敗3分
      ・慶尚南道出身  ・白川 茂を昭和43年(木元 茂)に改名

      ここで気になるのは14敗4分、15敗3分のくい違いです。調べてみると第4戦の黒羽 辰男(リキ)戦が引き分けなのか敗戦なのか、ですが、ザ・ボクシング、プロレス&ボクシング、BOXREC、そして年鑑のいずれもが、白川の負けとしているのですね。当時の(今もかも?)メディアの記録は必ずしも正しいとは限りませんが…。ここはどう判断したら、と迷いますね。

  3. もなかひめ より:

    chamuyo様、seki様

    あー、この黒羽辰男戦の「引分け」はワタクシのボーンヘッドかと(^x^)

    各年度の新人王の記録を一人一人作成して、データとして提供させていただいているのですが、ソースとしたThe Boxing誌ではしっかり黒羽選手の4R判定勝ちとなっています。
    JBCに問い合わせるまでもなく、データ提供者たるワタクシのミスでした(^x^)、

    申し訳ないです。修正の程、お願いいたします。

  4. chamuyo より:

    もなかひめ様
     何か申し訳なくて…失礼しました。ワタシなんぞ、自分のミスを棚に上げて「この試合は別人の試合じゃ」などとSEKI様に迷惑をおかけしたばかりです。

    今日、プロレス&ボクシングの旧号を見ていましたら、1966年2月号の選手紹介に白川 茂がありましたので、追加情報を…。

     出身地 東京都港区汐留  タイプ 右ボクサー  勤務先 S小型運送KK

  5. seki より:

    あわわわわ…
    二大怪獣が夢の競演を…。

    いつもいつも情報提供いただき、ほんと虎の威を借るキツネ状態で(笑)
    一人の戦績からズルズル、ズルズルと情報が出てきてどんどん魅力の深みに入っていく気分です。
    お二人のやり取りを永久にみていたいですよ。

    やりとりから拾って更新させていただきました。

    戦績やボクシング史の検証過程ってこんなに面白いんですね。
    もはや一つのエンタメになってしまいそうです。

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