渡辺 均(Hitoshi Watanabe)

渡辺 均(Hitoshi Watanabe)(クロス)

 

本名:渡辺 均
生年月日:1950年1月5日
国籍:日本
戦績:17戦8勝(1KO)7敗2分

 

【獲得タイトル】
なし

 

【戦歴】
1966/08/11 ○4RKO 南 隆男(新興)

■1966年度東日本スーパーフェザー級新人王予選
1966/09/29 ●2RKO 木村 徹(笹崎)
※東日本新人王敗退

1969/07/23 ●1RKO 星山 永満(船橋)

■1969年度東日本ミドル級新人王予選
1969/10/10 ○4R判定 (採点不明) 佐藤 秋訓(埼玉中央)
※東日本新人王敗退(次戦棄権)

■1970年度東日本ミドル級新人王予選
1970/09/24 ●4R判定 (採点不明) 沼辺 道由(田辺)
※東日本新人王敗退

1971/08/11 △4R判定 (採点不明) 後藤 茂久(ヨネクラ)
1972/03/12 ○4R判定 (採点不明) 太田 稔(東洋)
1972/06/27 ●4R判定 (採点不明) 中西 英雄(ムサシ)
1972/08/05 ●2RKO 宮城 厚(ミカド)
1972/09/15 ○4R判定 (採点不明) 赤坂 博(不二)

■1969年度東日本ミドル級新人王準々決勝
1972/10/12 ●4R判定 (採点不明) 中西 英雄(ムサシ)
※東日本新人王敗退

1972/12/14 ○4R判定 (採点不明) 中西 英雄(ムサシ)
1973/05/06 ○6R判定 (採点不明) 赤坂 博(不二)
1973/05/26 ○6R判定 (採点不明) 平 守(平石)
1973/07/05 △6R判定 (採点不明) 吉永 正美(平石)
1973/09/29 ○8R判定 (採点不明) 吉永 正美(平石)
1973/11/04 ●2RKO イム・ジェグン(韓)

 

【補足情報】
・栃木県宇都宮市出身。
・協栄ジムよりデビューし、星山 永満戦より日倶所属、沼辺 道由戦で協栄所属に戻り
 後藤 茂久戦より宇都宮AO所属、中西 英雄戦よりクロス所属となった。
・滝口 三郎の名前でデビューし、星山 永満より本名、沼辺 道由よりまた滝口 三郎となり
 太田 稔戦より本名に戻している。
・日本ランキング最高位は日本ミドル級3位。
・引退後は今市ジムを開設。その後、東京でワタナベジムを開いた。

 

※当ブログでは情報を求めています。
 誤った情報、追記すべき内容等ありましたら精査の上反映させていただきますので
 コメントいただけますと幸いです。

 

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コメント

  1. ファンです より:

    seki さん
    もなかひめ さん
    ありがとうございます。
    驚きべき速攻劇、凄過ぎます!

    こちらの対中西第2戦

    ■1969年度東日本ミドル級新人王準々決勝
    1972/10/12 ●4R判定 (採点不明) 中西 英雄(ムサシ)
    ※東日本新人王敗退

    BOXRECではワタナベ会長の勝利ですが、敗戦だったわけですね。

    あと、16歳時デビューし2戦(1勝1KO1敗)した記録が、BOXRECは抜けてますね。
    この16歳当時の2戦はスーパーフェザー。
    約3年ぶり復帰の3戦目ウェルター級。
    4戦目以降はほぼ全試合ミドル級ですね。

    国鉄職員の傍らの現役生活だったと何かで読んだことが有りましたが、
    11戦4勝の厳しい状況から、1分含め4連勝し日本ミドル級3位まで上昇。
    しかも3連勝目(vs平守)と4連勝目(vs吉永正美Ⅱ)は敵地となる静岡での勝利。
    5連勝を掛けての韓国遠征でまだ無冠の頃の林載根(のちに、エディガソに挑戦15R1-2、OPBF戦通算7勝)に敗れたのがラストファイト。

    改めてその戦績が確認出来ました。
    ありがとうございました。

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