片岡 昇(Noburu Kataoka)(不二)
本名:片岡 昭雄
生年月日:1932年8月28日
国籍:日本
戦績:6戦4勝(2KO)2敗
【獲得タイトル】
初代日本ヘビー級王座
【戦歴】
1956/09/17 ○6R判定 (採点不明) 村下 巌(千葉)
1956/10/30 ●1RKO チャーリー・ティムス(米)
1956/12/01 ○6R判定 (採点不明) 村下 巌(千葉)
1957/01/28 ○8R判定 (採点不明) 山中 武雄(佐藤)
1957/03/16 ●5RKO 中越 豊(谷島)
■日本ヘビー級王座決定戦
1957/05/04 ○10R判定 3-0(3-1、2-1、3-1) 中越 豊(谷島)
※日本ヘビー級王座獲得(のちに消滅)
【補足情報】
・石川県鳳至郡出身。
※当ブログでは情報を求めています。
誤った情報、追記すべき内容等ありましたら精査の上反映させていただきますので
コメントいただけますと幸いです。
コメント
こちらの(所属ジム不明)、及び、(のちに返上)に関して。
1956/09/17 ○6R判定 (採点不明) 村下 巌(所属ジム不明)
1957/03/23 ○8RKO 中越 豊(所属ジム不明)
1957/03/26 ●3RKO 中越 豊(所属ジム不明)
1957/03/30 ○6RKO 中越 豊(所属ジム不明)
■日本ヘビー級王座決定戦
1957/05/04 ○10R判定 3-0(3-1、2-1、3-1) 中越 豊(所属ジム不明)
※日本ヘビー級王座獲得(のちに返上)
彼等の所属ジムは、村下巌(千葉)、中越豊(谷島)となります。
当時、片岡含むこの3名は、片岡が所属の不二拳が中心になって企画された””ヘビー級ボクサー養成プロジェクト””の一環のなか抜擢された4名の中の3名ですね
片岡昇(不二)
村下巌(千葉)
中越豊(谷島)
山中武雄(佐藤)
「※日本ヘビー級王座獲得(のちに返上)」とありますが、
正式には、自ら返上したわけでも無く、何かやらかして剥奪されたわけでも無く、コミッションサイドの意向によるタイトル消滅ですね。
戴冠後、国内には他にヘビー級選手が存在しない為、防衛戦を行うことが出来ずこのタイトル獲得後、リングに上がる機会は無く試合枯。そして王座獲得から8ヵ月後の翌1933年(昭和33年)1月早々、コミッションがこのタイトルを保留とし、そのまま消滅となりました(コミッション預かり⇒消滅)
戦わずして前王者となった片岡は、結局戦う相手はいないことで6戦目同王座獲得を最後に引退しましたね。
ファンですさん
ありがとうございます。
まだまだ情報等乏しい時期に作成したものでしたので
見直してみたところ、大幅に誤っていました。
気付くことができました。
ありがとうございます。
あれ?
戦績は前の侭で合ってましたが。
(所属ジム不明)と(のちに返上)となっていたその2箇所のみの修正の為の投稿でした。
よって、前の侭=以下の様になります。
1956/09/17 ○6R判定 (採点不明) 村下 巌(千葉)
1956/10/30 ●1RKO チャーリー・ティムス(米)
1957/03/23 ○8RKO 中越 豊(谷島)
1957/03/26 ●3RKO 中越 豊(谷島)
1957/03/30 ○6RKO 中越 豊(谷島)
■日本ヘビー級王座決定戦
1957/05/04 ○10R判定 3-0(3-1、2-1、3-1) 中越 豊(谷島)
※日本ヘビー級王座獲得(のちに消滅)
こちらBOXRECです。参照にどうぞ。
https://boxrec.com/en/proboxer/114441
ファンですさん
どうもBoxRecを参考に作ったので誤ってしまっていたようです。
この2試合に関しては見つからず。
1957/03/23 ○8RKO 中越 豊(谷島)
1957/03/30 ○6RKO 中越 豊(谷島)
日本ヘビー級初のTV中継となったこの試合は正しいはずですが、
BoxRecへの掲載はありません。
1956/12/01 ○6R判定 (採点不明) 村下 巌(千葉)
全体を見直してみたところ、掲載の形となりました。