キンジ 天野(Kinji Amano)

キンジ 天野(Kinji Amano)(国際)

 

本名:天野 欣二
生年月日:1974年8月29日
国籍:日本
戦績:35戦22勝(12KO)8敗5分

 

【獲得タイトル】
第37代日本スーパーフェザー級王座

 

【戦歴】
1994/03/21 ○1RKO 薮内 大弘(オークラ)

■1994年度東日本バンタム級新人王予選
1994/07/15 ●4R判定 0-2(38-39、38-39、39-39) 平川 貴詞(輪島功一S)
※東日本新人王敗退

1994/10/30 ●4R判定 0-3(38-39、38-39、37-39) 曽根 正弘(キクチ)
1995/02/13 ○1RKO 下田 達也(ゴールド)
1995/05/08 △4R判定 1-1(39-39、40-39、39-40) 加藤 浩一(斎田)
1995/06/07 △1R負傷引分 酒井 裕宗(ワタナベ)
1995/07/19 ○4R判定 3-0(40-38、40-38、40-37) 川上 仁(ハッピー)
1995/08/29 ○4R判定 3-0(39-37、40-37、40-37) 片桐 健介(沼田)
1995/09/27 ○4R判定 3-0(39-36、40-37、39-37) 杉田 拓也(新日本タニカワ)

■1995年度東日本バンタム級新人王準決勝
1995/10/30 ●4R判定 0-3(38-39、38-39、38-40) 中村 正彦(角海老宝石)
※東日本新人王敗退

1996/07/16 ○2RKO 高橋 勝(八王子中屋)
1996/08/26 ○4RKO 滝沢 克英(ロッキー)

■1996年度東日本バンタム級新人王予選
1996/09/27 △4R判定 1-1(39-39、38-39、39-38) 二ツ橋 裕(ヨネクラ)
※東日本新人王敗退(規定により二ツ橋の勝者扱い)

1997/03/14 ○3RKO 小出 智(ランド)
1997/08/25 ○6R判定 3-0(59-58、59-56、59-57) 安藤 正晴(横浜さくら)
1998/03/04 ○6R判定 3-0(59-57、58-56、58-57) 佐々木 素之(新日本木村)
1998/06/05 ○5RTKO 山口 裕朗(金子)
1998/07/14 ○6R判定 3-0(58-57、59-57、58-56) 菅原 雅兼(松田)

■1998年度KSD杯争奪A級トーナメントフェザー級準決勝
1998/09/04 ●6R判定 0-2(57-57、57-58、56-60) 三船 元(トクホン真闘)
※A級トーナメント敗退

1999/03/06 ●8RTKO 服部 世志夫(江坂)
1999/11/07 ○2RKO 倉持 誠(ワールド日立)
2000/02/07 ○10R判定 3-0(98-94、96-95、98-93) 松信 秀和(宮田)
2000/06/03 ○8RTKO 鈴木 將富(高崎)
2000/09/16 ○10R判定 3-0(99-92、100-92、99-92) ビチット・チュワタナ(タイ)
2001/01/20 ○1RKO ヌアファー・シンジャイヤイ(タイ)

■日本スーパーフェザー級タイトルマッチ
2001/03/12 ○10R判定 3-0(96-95、97-94、97-95) コウジ 有沢(草加有沢)
※日本スーパーフェザー級王座獲得

■日本スーパーフェザー級タイトルマッチ
2001/08/18 ○10R判定 3-0(97-94、97-96、99-94) 射場 哲也(三迫)
※日本スーパーフェザー級王座防衛①

■日本スーパーフェザー級タイトルマッチ
2002/01/19 ●10R判定 0-3(94-99、95-99、95-98) 長嶋 健吾(18古河)
※日本スーパーフェザー級王座陥落

■日本スーパーフェザー級王座決定戦
2002/08/24 ●10R判定 0-3(93-98、93-98、94-98) 本望 信人(角海老宝石)
※日本スーパーフェザー級王座挑戦

2003/04/05 ○4RKO ソンクラン・バムルーシー(タイ)
2003/09/06 ○8RKO マノプチャイ・シンワンチャー(タイ)
2004/01/10 ●6R棄権 三浦 誉士(金沢)
2004/06/24 ○3RKO パソプチャイ・アサバヨーティン(タイ)
2004/11/08 △8R判定 1-0(77-76、76-76、76-76) 阪東 ヒーロー(フォーラムS)
2005/05/24 △10R判定 1-0(96-95、96-96、95-95) ジムレックス・ハカ(比)

 

【補足情報】
・東京都世田谷区出身。(埼玉県三郷市とする場合もある)
・のちにOPBF東洋太平洋スーパーフェザー級王者となる本望 信人と対戦し、判定で敗れている。
・のちにOPBF東洋太平洋二階級制覇王者となる長嶋 建吾(当時:長嶋 健吾)と対戦し、
 判定で敗れている。
・ジムレックス・ハカ戦を最後に引退。
・引退後はワールドSジムのトレーナーを務めていた。

 

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